関西某県在住のZさん(男・50代後半)が若い頃に体験した話。
20代の頃、Zさんは船釣りを趣味にしていた。
その日も釣り仲間達数人とともに、三重県熊野市の近くの海まで自分の船で釣りに来ていた。
早朝から釣り糸を垂れること数時間・・・それまで小物しか釣れなかったZさんの竿に、ズシリとした手応えがあった。
慌ててリールを巻き上げると、50cmはありそうな茶色の生き物が船内に飛び込んできた。
最初、アンコウだか伊勢エビだかよくわからなかった。
それまで見たこともないような奇怪な生物だった。カブトガニのような頭部からは長い触角が何本も生えており、百足のようにのたうつ長い胴体には、やはり無数の脚が漕ぐように蠢いている。尻尾のあたりにも
触角らしきものがあった。
昆虫の「紙魚」を巨大にしたかのような姿に見えた。
「Zさん、触ったらあかん!!それ、海●●●や!!」
釣り仲間の一人が叫んだ。
「糸ごと切って、外へ蹴り出すんや!!」
Zさんは言われた通りに糸を切り、ウネウネと不気味に蠢くその生き物をゴム長靴のつま先で掬うようにして船の縁から蹴り出した。
一瞬、蹴り出した右のつま先にピリッ!!と電流のようなものが走った。
生き物はすぐに海中へと泳ぎ去った。
「海●●●が出たっちゅうことは、あんまり長いことここにおるとええことない、ちゅうことや。早う帰らなあかん」
「海・・・何チャラって何や?」Zさんは聞き返した。不思議なことに、●●●の部分が全く聞き取れないのだ。
「あんたは知らんでもええ!!」
いつもは温厚な釣り仲間が怒鳴りつけるように答えたので、Zさんはそれ以上突っ込んだことは訊けなかった。
その夜、自宅に戻って就寝しようとしていたZさんは、突然の右足の激痛に飛び起きた。見ると、右足首から先が紫色に腫れ上がっている。
Zさんは奥さんに救急車を呼んでもらい病院に向かった。
診察の結果、右足はすでに壊死した状態となっており、切断されることになった。
Zさんはそれ以来、釣りはおろか海に近づくことすらやめてしまった。
あの生き物が何であるのか色々な図鑑や文献などを調べたが、何一つわからなかった。
同じ日に船に乗っていた釣り仲間達に尋ねたくとも、全員、事故や原因不明の病気、自殺で亡くなっていたり、行方不明になっているのである。
Zさんは、これは海に潜む何者かの「見せしめ」なのではないかと思い、深く調べることは諦めている。