“ありのままの自分”の価値観で生きられるとしたら、
どれだけ人生が豊かになるでしょうか?
今日は、そんな話をしたいと思います。
そもそも、“ありのままの自分”を、
きちんと把握して生きている人は、
どのくらいいるのでしょうか?
哲学の父と呼ばれるデカルトは、
“吾(われ)思う、故に吾あり。”という、
非常に有名な言葉を残しました。
デカルトは、オランダやドイツを旅する中で、
人間の習慣は地域ごとに異っていて、
それぞれの地域で神聖とされる習慣であっても、
そこに確かな真理は無いことを知った。
と言われています。
彼は、こうした体験をしたことで、
『人間が後天的に得た知識は確実では無い。』
と考えたんですね。
そして、
「では、人間にとって確実なものは何か?」
と考える様になったんです。
そこで、彼がやったことは、
“ありとあらゆる物を疑う。”
という事でした。
つまり、思考の中にある知識は考えや、
権威や習慣や感覚によって形成された観念が、
全て疑わしいものであるとして、
一旦、排除することを行ったんですね。
そうした結果、自分を疑っている自分だけは、
疑う事が出来ないという結論を出したのです。
このことを、デカルトは、
「吾思う、故に吾あり。」と表現し、
哲学の第一原理としたことで、
その後の時代の、ありとあらゆるものの発展に、
多くの影響を与えたのです。
デカルトは、こういった作業の中で、
人間に共通する真理を探そうとしたのですが、
この“ありとあらゆる物を疑う”という作業は、
最初に話をした“ありのままの自分”を探す際も、
非常に有効になります。
デカルトから言わせれば、
“こうするのが当たり前だ”という、
社会の常識と言うのも、
人間が後天的に得た知識で、
確実ではないというんですね。
ですが、人々はそういった常識に、
がんじがらめにされながら生きています。
例えば、学校で教わる、
『沢山勉強して、良い大学に入って、
良い会社に入りなさい。』
という教育なんかが最たるものです。
表立ってはいませんが、この教育の最後には、
『そうすれば、社会的にある程度認められた、
比較的幸せな人生になるはず。』といった、
非常に無責任な意図も隠れています。
しかし、多くの人々は、
こんな考えのもと展開された教育方針に、
上手く適応出来なかったというだけで、
凄まじく重たいトラウマを抱えるのです。
ですが、私達の人間としての素晴らしさと言うのは、
この学校で教わる型に、ハマっていない事も多分にあるのです。
重要なのは、こういった社会の常識だけで、
自分の価値を決めてしまわない事です。
社会の常識を、一旦全て疑い、
誤った束縛があれば、全て排除してすまうのです。
誤った束縛があれば、全て排除してすまうのです。
そうやって、誤った価値観に左右されない、
心から湧き上がる自分の価値観を自覚することで、
“ありのままの自分”を探すのです。
心から湧き上がる自分の価値観を自覚することで、
“ありのままの自分”を探すのです。
そうすれば、私達が本来持っている、
“独自性”が見える様になり、
その独自性こそ真に価値のあるものだと、
気付くことが出来るはずです。
現代は、インターネットも発達していますし、
そういったあなたの独自性という価値を、
多くの人に届ける事も、非常に簡単になっています。
つまり、ビジネスが出来るという事ですね。
そして、それは“あなた独自の物”なので、
他の人で、換えの効く物ではありません。
なので、一般的なマーケティングの勉強と合わせ、
こういったアプローチも取り入れて行くと、
ビジネスが非常に面白くなっていくのではないかと思います。
ちょっと、抽象的なお話になってしまったので、
何言ってるかわからなかったかもしれません。笑
今後、分かりやすく書くこともあるかとおもいますので、
是非、興味がある方は読者登録をされておいて下さい。
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知識はインプットし、さらにアウトプットする事で、
ようやく定着するものだと言われています。
なので、今日お話した内容について、コメントで感想として、
アウトプットをして頂けると、よりあなたの成功も近くなるかと思います。
何より、ブログの書き甲斐にもなって、
とても嬉しいなぁと思います。
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・綾垣佑哉
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