昔のブログを引っ張り出してきました。2006年。

「子どもが大きくなったらPTAでベルマークを集めることもなくなったので、ちまちまベルマークを切り抜いて集めることもなくなりましたナ。


思い出すのは小学校3年生のときの担任の黒崎先生が
「毎月一人2枚ベルマークを持ってきなさい」と宣言されたことですな。
なにしろ子どもなので財力がなくてベルマークのついた商品を買うことが出来なかったので親に頼むんですけど、
親からしてベルマークのついた商品を買ってこないのでさっぱり集まらないのでした。
毎月空っぽの封筒を持っていくことになるのですけど、いたしかたないではありませんか。
「なにかあるでしょう!」といわれましても。


ベルマークというのは「朝日新聞 」が音頭を取って1960年に始めた運動だというのを知って、いまでも続いているのはそのせいかと思ったりするのでした。


さて、子どもが幼稚園のときはPTAの研修部だったのですが、半期に一度PTA役員が集まってベルマークの点数計算をするのです。


まず、会社別にベルマークを仕分けし、点数ごとにさらに仕分けするのでございます。
1点が1円です。0.5なんてのもあるわけで、
特にロッテのガムのベルマークが小さくて夏の日の会議室なんて暑くて
マークが汗で張り付いて泣けてきます。
500円払うからさ、コレ集めんのやめようよとか、
私こんな細かい作業向いてないわとかグチもでてきます。


それから点線に沿って切りそろえて点数を計算し、全て台紙に貼って終了。


20人の大人が集まって午前中の3時間を費やして合計点数が5000点。


時間給にしたら83円だわな。」


その結果、このベルマークの集計にミスがあったそうで、後日集計金額を訂正された書類が送られてきました。(数十円だ)。あのベルマーク集計表って、チェックする人がいるんだ!とおどろいたことを覚えています。


わたしがPTAをやっていた頃から十数年立ちましたが、相変わらずのアナログな作業は変わっていないはず。時給換算50~100円の世界です。

女性が中心のPTAだから人を集めてタダで労働させてるんだろうと思ってました。これがもし男性の会員が中心だったら、会社休んで有給休暇とってまでする労働だろうか、いや、きっとしないね。




ベルマーク運動について考える(とまて週報)より、


4.ベルマーク運動は、子供の消費者としての教育を阻害しないのか?

 『ベルマークよ、さようなら』(「暮らしの手帖」第2世紀 34号 P106-113[1975年])の中で、花森安治編集長は、『なぜ私はベルマークに反対するか』という見出しで以下の様に纏めています。(太字は、引用者)
 ①商売に教育を利用している。
 ②考えの浅い人をだましている。
たとえば、わたしの子どもの小学校長のように、捨てる物の中に役立てる事ができる物があれば大いに結構だと言う人がある。実さいは、マークのある物を選んで買っている者が多いから、一見すてる物に見えるが実は買わされている。
 ③無駄が多い。整理や送付、検査宣伝に多くの労力や経費がかかっている。本当に教育に寄与するのならもっと無駄のない効果的な方法があり、それをすべきです。
 労力の割りに金額が少ない。金額の為なら内職をしてお金を持ち寄った方が能率的です。(ベルマークにおどらされている証拠です)
 ④教育が、設備の良し悪しで評価されるあやまりを生む。私の近辺では、ストーブやデラックスなエレクトーンなどの要望が高く、軟弱で贅沢な人間を育成しようとしているのです。(神戸市・垂水区)
(記事引用)

40年も前の記事ですが今読んでも納得する部分があります。ま、ストーブが軟弱で贅沢かっていったら、いまとは時代が違うという気がしますけど。