一生を、終わりから考えると、大切なものが見えてくる。
不自由ない暮らしに胡座をかいて、大切なものを見失っていないか…。
あの人と会えるのはあと何回?あと何時間?
あの人と会えなくなってしまう前に、私は何をしてあげられる?
この子の頭をなでてあげられるのは、あと何回?
この子と目と目を合わせて話ができるのは、あとどれくらい?
今日か明日か何年後か、確実に終わりは近付いていて、刻一刻と、私ができる時間は減っている。
一秒一秒を大切に、ひとつひとつに思いを込めて、生きなきゃいけない。
…と、あるブログを見て思いました。
「肛門」呼ばわりされて、腹立ててる場合じゃないな。