3月29日に第96回全米アカデミー賞 作品賞ほか7部門を受賞した「オッペンハイマー」が公開されました。3月31日 友人とTOHOシネマズ日比谷のレーザーIMAXで、2回目は4月4日に横浜ブルク13で鑑賞しました。
4月4日は横浜ブルク13のシアター1。そこそこ人は入っていましたが、空いていたし、映像に没頭できました。普通のシアターですが、トリニティ実験のときは、爆発音に飛びあがってしまったし、ルドヴィグ・ゴランソンのバイオリンの不協和音もライブでヴァイオリンが演奏されているようでした。
普通のシアターなのになんで!?。
関連サイト
映画『オッペンハイマー』公式|3月29日(金)公開 (oppenheimermovie.jp)
映画概要
(抜粋)
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2006年ピュリッツァー賞を受賞した、カイ・バードとマーティン・J・シャーウィンによるノンフィクション「『原爆の父』と呼ばれた男の栄光と悲劇」を下敷きに、オッペンハイマーの栄光と挫折、苦悩と葛藤を描く。
第2次世界大戦中、才能にあふれた物理学者のロバート・オッペンハイマーは、核開発を急ぐ米政府のマンハッタン計画において、原爆開発プロジェクトの委員長に任命される。しかし、実験で原爆の威力を目の当たりにし、さらにはそれが実戦で投下され、恐るべき大量破壊兵器を生み出したことに衝撃を受けたオッペンハイマーは、戦後、さらなる威力をもった水素爆弾の開発に反対するようになるが……。
(略)
第96回アカデミー賞では同年度最多となる13部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、主演男優賞(キリアン・マーフィ)、助演男優賞(ロバート・ダウニー・Jr.)、編集賞、撮影賞、作曲賞の7部門で受賞を果たした。
2023年製作/180分/R15+/アメリカ
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(抜粋ここまで)
出典:映画.com
キャスト
※オッペンハイマー側がそうでないか、グループ分けをしています。
※複数のグループにいる人は下線を引きました。
オッペンハイマー ファミリー
J・ロバート・オッペンハイマー:キリアン・マーフィ
キャサリン(キティ):エミリー・ブラント
元共産党員だが、1936年に脱退。
フランク・オッペンハイマー:ディラン・アーノルド
ロバートの弟で共産党員。
共産党員
ジーン・タトロック:フローレンス・ピュー
ハーコン・シュヴァリエ:ジェファーソン・ホール
聴聞会(1954年)の黒幕
ルイス・ストローズ:ロバート・ダウニー・Jr.
ロジャー・ロブ:ジェーソン・クラーク
聴聞会の検事
エドワード・テラー:デベニー・サフディ
マンハッタン計画の一員 核融合、水爆を推進
ニコラス中佐:オールデン・エアエンライク
ストローズの指示で、機密ファイルをボーデンに渡す。
ウィリアム・ボーデン:デビッド・ダストマルチャン
原子力委員会のオッペンハイマーがソ連に情報を渡したとFBIに告発する。
ボリス・パッシュ大佐:ケイシー・アフレック
伝令を依頼していたロマネッツの徴兵を解くために、嘘をついた相手。ロマネッツはロバートの最初の生徒でもあります。
この時の面会が録音されておりR.ロブ以下検察しか情報をもっていない!?。
マンハッタン計画
<軍部のリーダー>
レスリー・グローヴス大佐:マット・デイモン
ニコラス中佐:オールデン・エアエンライク
マンハッタン計画に参加した学者
<オッペンハイマー側>
アーネスト・ローレンス:ジョシュ・ハートネット
ニールス・ボーア:ケネス・ブラナー
イジドール・ラビ:デビッド・クラムホルツ
いつもオレンジ(蜜柑?)を持っているのが印象的。
ヴァネヴァー・ブッシュ:マシュー・モディーン
デヴィッド・L・ヒル:ラミ・マレック
<水爆推進で、オッペンハイマーと対立>
エドワード・テラー:デベニー・サフディ
■マンハッタン計画の外にいる学者
アルベルト・アインシュタイン:トム・コンティ
感想
今回は今までの映画とは違い、無意味で頭でっかちなシミュラークル、シミュレーションを追求するわけではありません。この映画の鑑賞は誰もが体験しうるオッペンハイマーの経験、原爆の経験を自分事として体験するための旅路です。
ノーラン監督の映画には、その映像に込められた思いがあります。鑑賞者自身がアクティブに考え、鑑賞者自身の仮説がヒットするとものすごい映像体験が得られます。
私の場合、1回目は映画のフォーマットにこだわってイマイチでしたが、2回目に自分の中に仮説をもって臨むと、その映像や音楽の中のメッセージに心を打たれました。横浜ブルク13で鑑賞したとき、隣の男性は涙をこらえきれなかったようです。ハマルとすごい映画です。
ここからは、極上の鑑賞体験を得たときのメモです。ネタバレなのでご注意ください。
ネタバレ
気になるモチーフを中心に書いていきます。なお、ロバート・オッペンハイマーはながいので、ロバートとしています。
1.核分裂(fission)
水の波紋と火花→ Atmospheric ignition
映画の冒頭に現れるのは、重なる水滴の波紋と弾ける火花。それをじっとみつめるロバートの両眼。波紋と火花は Atmospheric ignition(大気への引火)を想像させます。
戦後、水爆のターゲットを検討するシーン
机上の理論は正しいのか?
想定以上の被害が起こる可能性は大…。
青いリンゴ→300年の物理学
ケンブリッジ大学で実験に失敗した若き日のロバートを叱責したPatrick Blackett教授への嫌がらせに、青いリンゴに青酸カリを注射します。クローズアップされるリンゴ。おそらく300年の物理学を象徴していると思います。マンハッタン計画に参加が決まったときの親友のイジドール・ラビ曰く「300年物理学が爆弾製造に使われるのか」。
聴聞会のシーンでは、その青いリンゴのPatrick Blackett教授がクローズアップされます。
青いリンゴに対して、親友のイジドール・ラビ(Isidor Rabi)がオッペンハイマーにあげるのはいつも蜜柑。
「我は死なり。世界の破壊者なり」
サンスクリット語で書かれた『バガヴァド・ギーター』の一節。トリニティ実験の後のロバートの回想です。
「私はヒンズー教の聖典『バガヴァド・ギーター』の一行を思いおこした。王子はその責務を果たすべきであることを王子にわからせようとヴィシュヌは試みている。そして王子の心を打とうとして、ヴィシュヌはその千手の姿をとり、『今、われは死となれり。世界の破壊者とはなれり』と言う。私たちはみな、何らかの形で、そうした思いを抱いたものと私は思う」
出典:藤永茂. ロバート・オッペンハイマー ――愚者としての科学者 (ちくま学芸文庫) (p.223). 筑摩書房. Kindle 版. 」
また、上記の書では『バガヴァド・ギーター』で表現されるクリシュナの姿はこのように書かれています。
「ヒンズー教の神クリシュナは漠として無限である。有をも無をも含む。過去、現在、未来を超越する宇宙の真理の総体である。しかも時にあっては人間の形もとる。千手のヴィシュヌはクリシュナが「光」の子として現われる時の姿である。」
出典:藤永茂. ロバート・オッペンハイマー ――愚者としての科学者 (ちくま学芸文庫) (p.224). 筑摩書房. Kindle 版.
個人的にこんな風に想像してます
撮影日:2024年3月9日 於 東京国立博物館
トリニティ実験 Atmosphere Ignition
トリニティ実験から広島、長崎を経て、彼の中に去来したものは、単なる机上の理論が自らを滅ぼす武器になってしまったことです。広島への原爆投下が成功し、ロスアラモスでは歓喜のセレモニーが開催されます。その中で、オッペンハイマーが幻視するのは、同胞が火傷して死んでいく姿です。この火傷を負った女性はノーラン監督の娘、フローラ・ノーランが演じています。
窓から漏れるセレモニーの様子は、まるで呪いの煉獄の炎に灼かれているようにも見えます。ノーラン監督はアメリカに将来起こる可能性を示唆したのかもしれません。
2.核融合(fusion)
ストローズ(Lewis Strauss)
自尊心が強いストローズとロバートはまったく相いれない存在です。ことあるごとにストローズはロバートが自分を軽んじているという疑念を強く持つようになります。
アインシュタインと何を話したかを尋ねるシーン
アイソトープの輸出に関しても、ロバートにこてんぱんにやられて恥をかかされたことも根に持っています。誰もが自分を嗤っていると勘違いしました。
テラー(Edward Teller)
原子爆弾よりもさらに強力な水素爆弾(核融合)を推進したのがテラー。ロバートが水素爆弾に非協力的なので、FBIへの密告、マスコミのタレコミなどでロバートの足をひっぱります。
1954年の聴聞会でロバートが危険人物とみなされたのは、彼の嘘が最大の要因でした。
トリニティ実験では不敵な笑み
原子爆弾 ファットボーイ、リトルボーイを見送る二人。核分裂の原子爆弾の父とより強力な水爆を推進するテラー。
コミュニスト
マルクスの資本主義ということで、共通ベースがあったためか、共産主義者のコミュニティに出入りしていました。おそらく彼としては、人間的にうまがあったからで、政治的な野心は全くなかったと思います。でも、個人的に隠ぺいしたことがあったため、聴聞会では検察官のロブにするどく突っ込まれることになります。
学生時代からの恋人 ジーン
シュバリエ(Haakon Chevalier)
シュバリエとは子供を預かってもらうほどの親しい間柄。そのシュバリエからソ連への情報提供をもちかけられますが、ロバートは断りました。それを軍部に報告しなかったために、シュバリエ-エルテントン事件という情報漏洩事件として記録されることになります。
でも、実際はベーテ配下のクラウス・フックス(Klaus Fuchs)がソ連に情報を流していたことが1950年に発覚します。
1950年代のアメリカは、ファシズムに代わって台頭した共産主義に対してとても懐疑的であったのだろうと思います。現実に、私たちも人種や容姿で信頼度を測ることがありますが、この時代、新聞には「コミュニスト=ソ連への協力者、スパイ」という見出しが飛んだのであろうと想像しています。「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い」というやつですね…。
藤永茂著「 ロバート・オッペンハイマー ――愚者としての科学者 」(ちくま学芸文庫)を読んで思いましたが、これほど時代で評価が極端に分かれる人はいないのではないかと思います。俗人の代表格は、ストローズ(Lewis Strauss)。fusionのモノクロシーンでは、ストローズ(Lewis Strauss)ひいては当時の俗人たちの穿った見方が投影されているようです。
どうして、こんな矮小な人間達に、地球をも破壊しかねない武器を残してしまったのか。ロバート・オッペンハイマーの苦悩は永遠に続くのだろうと思います。
最後アップになるロバートを演じるキリアンの両眼がその苦悩を物語っているようです。
感想を書くにあたって参考になった雑誌
書籍
サントラ
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