いろいろな原因はあるけれど、アントワネットの醜聞を広めたのは、劇中オルレアン公のパレ・ロワイヤルから出てきたこのチラシ。
■劇中のチラシ(英語)
国庫の赤字夫人、王の弟、アルトワ伯との醜聞やらのでっち上げ。
■実物
あたりまえですが、フランス語です。
劇中、「野望で強欲なオルレアン公フィリップ」とされているのは、複数の人格が被っているような気がしています。
■ルイ・フィリップ1世( 1725年5月12日 - 1785年11月18日)
ルイ15世時代に、オーストリア継承戦争で活躍。1785年没。
■ルイ・フィリップ2世(1747年4月13日 - 1793年11月6日)
父の没後、1785年オルレアン公爵を受け継ぎますが、それまではその所領からシャルトル公爵と名乗っています。遠藤周作「マリー・アントワネット」のシャルトル公は、オルレアン公爵のことです。
wikipediaによると私生活は放蕩かつ無節操だったとか。王位を狙っていたともいわれています。個人的にはとても序列に関してプライドをもっていたような気がしますが。
ツバイクはこんな風に書いています。
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「
オルレアン公は、生来は野心より遊興に心惹かれ、女性と賭け事が好きな道楽者、伊達男、決して賢くはないがもともと陰謀家でもなかった。この平凡きわまる貴族は、だが非創造的な性格にありがちな弱点を抱えていた。つまり体裁を気にする虚栄心だ。
その虚栄心を、マリー・アントワネットは直接傷つけてしまう。夫の従兄弟である彼の戦功について、気楽なふざけ口調で話題にし─オーストリア流で言うならば「なぶりものにし」─、彼がフランス海軍大将の地位につくのを邪魔したのである。
オルレアン公はいたく傷つき、決闘の合図に投げられたハンカチを拾い上げ、受けて立つ。王家の血をひく由緒ある家系、大財産家で自主独立の彼は、議会で王に対してかたくなに反抗し、王妃に対しては公然と敵呼ばわりするようになる。彼の登場によって、不満分子はついに待望の指導者を得た。
」
フェルゼンがアメリカ独立戦争からフランスに帰ってきた時期(ミュージカルでもこの場面から始まる)、オルレアン公が「ウエサン島の戦い」はフランスの勝利として吹聴しましたが、信号を見間違えて、帰国したことが後に判明。
それを揶揄した貴婦人がいたらしいです。ただ、貴婦人が誰かは記載がありませんでしたが。また、この後、オルレアン公は大臣を巻き込んだ陰謀計画に参画し汚職事件も起こしたとのこと。父親は屈辱に耐えながら、国王に助命を嘆願したとのことでした。
マリー・アントワネットはオーストリアとの外交関係から距離をおいていたらしいのですが、ルイ16世はこの従兄弟とそりが合わなかったようで、1カ月の宮廷出入り禁止を命じたそうです。
…
と考えると、きっかけはすごく小さなことだったような。この後、彼は平等公を名乗り、ルイ16世の死刑に賛成票を投じ、一家を破滅に追い込んだわけですが、自身も紆余曲折で11月6日に断頭台に昇ることになります。
「もし、時間を巻き戻すとしたら、ミュージカルでマリーのBon Soirで始まるあの瞬間だったのかなぁ」と思いを馳せているところです。
個人的には、フェルゼンが狂言回しをやって「愛の敗北」を描くよりも、11月6日断頭台にのぼるオルレアン公を最初にもってきて、「俺は何をした?」の独白から始めてくれたら、動機や愛憎関係がよくわかるのになぁ…と考えております。
以上、個人的なメモでした~。





