東郷神社の後、お参りしたのは明治神宮。
今の日本の基盤を造った時代の方々の思いが結集しているところで畏れ多い場所です。明治維新150年、これからの時代の変わり目を感じている今、なんとなく「行かなくてはいけない」思いに駆られて行ってきました。
■表参道入口
■大鳥居
■表参道に展示されている菊
■現在の社殿
鎮座百年祭記念事業の一環として御社殿群の銅板屋根葺替え工事中です。来年8月には本殿の工事を完了するそうです。こういう時期の写真も珍しいかと思い、1枚。詳細はこちら。
■笠間稲荷神社からの菊の奉納(門の両側)
■こんなに大ぶりな見事な菊、初めてみました。
■門にある菊の紋
■両側にある小門の桐の門
■オフィシャルサイトよりお借りした地図。
オフィシャルサイト-サイトマップ-地図から各施設へ飛ぶリンク集
御朱印は神楽殿にて授与されます。私が行ったときは13時ごろで待ち時間は10分くらいでした。
■御朱印
「菊」と「桐」の紋が使われております。この紋については、オフィシャルサイトに記載されておりました。
「なぜ、明治神宮では菊と桐の紋を使っているのですか?」
http://www.meijijingu.or.jp/qa/jingu/06.html
<菊について>
「伝来当初は現在のような鑑賞用としてではなく、邪気をはらう不老長寿の薬として伝わったようです。また花の形が太陽の形(日輪)に似ていることから、天照大神の信仰とも結びついて日の御子・天皇の象徴とされ、永遠の弥栄を祈る思想が受け入れられたのでしょう。平安時代には広く菊の文様が使われるようになりました。
皇室で初めて菊の紋が使用されたのは後鳥羽上皇※2の御代で上皇は個人的に菊を好まれ刀や輿車・御服などに菊紋をつけましたが、それが代々天皇家にて受け継がれていき、いつしか皇室の御紋章となったのです。」
形が日輪に似ている…確かに…。
<桐について>
「 『桐』は中国の古い思想で聖天子の出現をまって現れる瑞鳥・鳳凰が住むめでたい樹でありました。我が国では平安初期(嵯峨天皇※3の時代)天皇がお召しになられる黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)※4に竹と鳳凰と麒麟、そして「桐」が描かれてあり、時代が下るにつれ政府機関に用いられる装飾の文様に使われたり、また菊紋の代用として用いられ、国家政府のシンボルのような役割を果たしてきました。 この2つの紋章は成立事情から菊紋は私的な紋章(後鳥羽上皇が個人的にご使用されていた為)で表紋的※5な要素が強く、逆に桐紋は政府機関の公的な紋章で替紋的※6な性質を持っています。」
→だから500円玉にも桐が使われているんですね…。
■そして、鎮座百年祭事業にも寄進してまいりました。
これからも日本と日本につながる人達(国籍、人種問わず)が活躍できるフィールドを支え守ってください
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