【美術】マダム・タッソー 東京 | いろいろといろ

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 10月31日までお台場 デックス東京ビーチで開催されていたマダム・タッソー 東京に行ってきました。友人も私とは別の日に行ったようですが、とても楽しんでいたようです(友人のレポートはこちらです)。


■関連リンク
ロンドンのオフィシャルサイト(英語)
マダム・タッソー 東京
Quigley's Cabinet Madame Tussaud(英語)
Madame Marie Tussaud - Biography on Bio.
Marie Tussaud Facts, information, pictures Encyclopedia.com articles about Marie Tussaud

■まずはレインボー・ブリッジ

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 いままで自分のカメラで夜景がきれいに撮れないのが悩みでしたが、ネットにあったアドバイスに従い、欄干にカメラを置いてピントを合わせたら、ちゃんと撮れていましたチョキ


いよいよ、マダム・タッソー東京です。
本物と見まごうばかりの出来栄えです。ちょっとした肌のシミまで映しています。

■YOSHIKI
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■カイリー・ミノーグ
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■ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリー夫妻
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■2ショットを撮る列が絶えなかったマイケル・ジャクソン
マイケル・ジャクソンと2ショットを撮るところが館内のモニターに表示されます。

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■ニコール・キッドマン・・・今度、『ラビット・ホラー』が公開ですね。
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■レオナルド・ディカプリオ。
「ギルバート・グレイプ」や「ロミオ+ジュリエット」のときはいたいけな美少年だったレオが、風格を出してきましたよぉニコニコ
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■オードリー・ヘプバーン・・・なんか似てない感じですが・・・・。
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後ろから見た画像。きれいなSラインドキドキ
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■レディー・ガガ
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■ビヨンセ
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■リアーナ
あんまり日本になじみがないけれど・・・・
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■ジャッキー・チェン。
 私の前の人は帽子を脱がしたりして遊んでました。
なんか、髪が乱れてかわいそうな感じ…汗
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で、キャラクター系。

■スパイダーマンですよ。
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■手塚治虫のアトム
3D映画のアトム・・・・。2次元のアトムのほうが、みんな記念写真撮ったかなぁ。
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 昔、「マダム・タッソーの蝋人形の館」にいた時のことを思い出しました。そのときに調べたことを振り返ってみますね。


 マダム・タッソーはロンドンのマダム・タッソーが本家本元で、その由来はというと、
1835年、フランス出身の蝋人形師であったマダム・タッソー、旧姓マリー・グロショルツの蝋人形の展示です。マダム・タッソーは1761年アルザスに生まれ、母が住み込みをして働いていたDr. Philippe Curtiusより、蝋人形制作の手ほどきを受けたそうです。またDr. Philippe Curtius は1776年に自身の作品の展覧会を開き、それが大いに認められ、ロイヤル・アカデミー会員となりました。そして彼女はフランスのルイ16世の妹に芸術の手ほどきをするまでになりました。

 ところが1789年、フランス革命が勃発し、ルイ16世とマリー・アントワネットはギロチンの露と消えました。彼女もあわやギロチンというところだったのですが、前述のCurtiusの後援者のおかげで、処刑者のの首を蝋人形で作ることを条件に釈放されました。ちなみに革命軍に捕らえられたとき、彼女は、後にナポレオンの妻となり、第一帝政の皇后となるジョセフィーヌと同じ独房だったそうです。また、1794年、Curtiusが他界すると彼の作品はすべてマダム・タッソーに残されました。その後、François Tussaudと結婚し、彼女はマダム・タッソーとなりました。

 またまた戦禍が彼女の運命を変えます。今度は1802年にイギリスに彼女の作品コレクションを展示に行ったところ、フランスではナポレオンが台頭し、帰国できなくなりました。長い放浪の末、彼女は今のロンドンのベイカーストリートに「Madame Tussauds Wax musium」を建て、これが現在まで至っているんですね。

 マダム・タッソーは全く数奇な運命を辿っているとしか思えませんね・・・。ドラマ化したら、面白そうです。
 
 ロンドンにある蝋人形館では、断首されたマリー・アントワネットやルイ16世の首を求めて、さまようマダム・タッソー夫人の姿やその結果作られたマリー・アントワネット、ルイ16世の首もありました。正視できませんでしたが・・・見事でした。こちらでは、処刑されたマリー・アントワネットの首のデスマスクを制作するマダム・タッソーの写真があります。

 また、トラファルガー海戦での裏方の水夫たちが懸命に船をこぐ有様や、イギリスで暗殺された二人の王子を描いていたり、当時はイギリス文学やフランス革命にすごく関心を持っていたので、ひどく感銘を受けたのを覚えています。詳しくはQuigley's Cabinet Madame Tussaud(英語)に詳しくレポートされています。また、同サイトによると、2009年、マリー・アントワネットの遺体を運んだ手押し車をマダム・タッソー館がオークションで落札したそうです。
 
 
 そのマダム・タッソーことマリー・グロショルツのことを藤本ひとみさんが「殺人の四重奏」という短編集の一遍、「王妃マリー・アントワネットの首」で描いています。

殺人の四重奏 クラシックミステリー/藤本 ひとみ

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 そんな歴史色の強い印象があった「マダム・タッソーの蝋人形の館」(1989年当時、英語名も確かMadame Tussauds Wax musiumでした。)が、いつの間にか名前が「マダム・タッソー」になっていました。スポンサーか主催者が変わったかして、方針が変わったのでしょうね。
 
 でも、この「マダム・タッソー」が作られた背景を忘れてはいけないように思います。