K-3(上り編)。
天気は上場、だったのだが。
ただ、昨日の雨の名残が木陰の路面にまだ残っていて、一部が濡れている。
しかも、さっきから薄霧が湧いてきて、前がちょっと白んで見える。いかにも「無理すれば事故るぞ」って雰囲気だ。
CB650R e-clutch は、優れたマシンだ。特にコーナリング性能は抜群で、思い通りにしなやかに曲がる。
ただし——それは“上手い人”が乗った場合の話だ。
俺みたいなリターンライダーが、力任せに操ろうとすると、CBは「知らんがな!」とでも言いたげに挙動を乱す。
上りのヘアピンカーブ。立ち上がりでアクセルを開けた瞬間、リアがほんのわずかにスライドした。
ますます、アクセルワークが委縮する。
頂上の展望台で、森君が腕を組んで俺の方を見下ろしている。
相変わらず背筋がまっすぐで、あいつの乗る姿勢そのものだ。
ようやく辿り着いた俺に、森君が近づいてきて声をかけた。
「山ちゃん、俺、安心したよ」
「何が?」
「山ちゃん、普通のおじさんツーリングライダーになったんだね」
一瞬、返す言葉が見つからなかった。
“攻めた”つもりだった。俺の中では、あれでも今できる精いっぱいのライディングだった。
でも、森君の目には、ただののんびり峠を流す“おじさん”に映ったらしい。
「……」
俺は黙ったまま、メットを脱ぎ、顔に当たる風を感じた。ゴールデンウィーク明けにもかかわらず、ここに吹く風は冷たい。
森君はにこにこと笑って、言った。
「ほら。山ちゃん、見てごらんよ」
指差す先には…。
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