狭間和恵メールマガジン【野性児的人生の歩き方】~4号*野性児原点に返る | 狭間和恵の人生を創造する数秘とコンサル【野生児的人生の歩き方】東京・品川

こんにちは!狭間和恵です。


すっかり寒くなってきましたね。
ついこの前は30度の日があったのに、今では軽いコートを着ています(笑)
そして、今日のメールは少し長いです。
二部構成なので、お時間ある時にお読みくださいませ。


さて。今日は、先日フェイスブックにて呟いたことと、表題の原点について。



☆フェイスブックのつぶやきから

~~理由はなんであれ、『離れていく』側の個人的理由。
『離れられる』側の問題は全く関係がない~~


これは、フェイスブックに呟いた一文。
人と人とのつながりや付き合いの中で起こる、仲良くなったり絶縁したり
いわゆる、くっついたり離れたりする時って、どんな事になってるの?
と言うのを一つの方向から見た結論として書いています。
仲良しさんだけではなくて、会社と社員、とかも原理は同じかな。

喧嘩にしろ、別のやりたい事が見つかった、にしろ、
なんにせよ、ある時一緒に手をつないでいた付き合いが無くなる時は
「離れる人」と「離れられる人」がいると思います。
(どちらも心の中では離れる人である場合も、その逆もあるけれど、それはここでは省きます)


【離れる人の場合】
離れる人の方から見た場合、離れる理由は色々あれど、最終的に
では「離れる」と決めたのは、その人である。と言う事。
相手にどんな落ち度や裏切りや、酷さがあるにせよ、です。
相手の為を思って、と言うのも良く聞きますね。
少し考えればわかりますが、たとえ同じ状態があっても
結果、離れない人と言うのも存在します。人それぞれです。
離れる理由はあるけれど、「だから離れる」としたのは、それを決めて離れるとしたその人の個人的な理由。
相手に問題がない、と言う事ではなくて、問題があろうが無かろうが、
「では離れよう」と決めるのは、離れる側の事情と言う事ですね。

相手がこうだ=だから離れる
相手がこうだ=でも離れない

どちらも存在していると思います。
離れるのも離れないのも、個人の問題、と言う事だと私は思っています。



【離れられる人の場合】
人が離れていく、と言う人の場合、その理由やきっかけとなる事が
いつも同じ事なのであれば、それはつまり「多くの場合に嫌がられる事である」
と言う事だろうと思うので、改善できるなら改善してもいいと思います。
でも、特にハッキリした理由や出来事は思いつかない
なんとなく距離を取られて次第に離れていく、等の場合
何がそうさせたのかは、相手に聞いてみないとわからないですよね。
そして、そこにどんな問題があろうと、離れていく人にとっては(その人の事情で)耐えられないから、と言う事であり
内容そのものは、人が離れる事と直接の関係は無いと思います。
Aさんにとって離れたい事柄だった、と言う事です。

それよりも、自分らしく在ることで人が離れて行った、と言うような場合
自分を殺して相手に合わせる選択をする方が
長い目で見ると自分が辛くなって来るのではないか、と思います。
逆に、自分を曲げて人に合わせていたのに離れていく、と言う場合
むしろ、その事が問題なのではないか?と思います。



どちらの場合も、私は
「離れる人の個人的理由ではあるけれど
離れられる人には何の問題もない」と思っている訳ではなく
離れる人はどんな理由にせよ、それを決めたのは個人の理由
と言う事だし、相手の問題はまたこれとは別の問題だと思うのです。


身も蓋もない言い方ですが、人のせいにはできないし
離れていく物はもうしょうがない。
そう思うんですよね。

((friendly_name))はどう思いますか?
良ければご意見やご感想などお聞かせくださいね!




☆表題の件について

ヒプノセラピーって受けた事ありますか??
私はありません。(無いのかよ・・・笑)

でも、なんか。なんかですね。
今日私の中で起こった事は、ヒプノセラピーで書かれている説明ととても似通っていました。


題して【1人ヒプノ】笑


いやね。私結構頭が良いんです。(は??)
すみません、高卒で仮進級もありましたから、成績は良くなかったです。
なんですが、頭の回転が速いっていうか、色々対策もできるし
まぁ、出来ない事の方が少ないかもです、日常においては。
ピンチの時やいざという時も、ちゃんと頭が仕事して乗り切ったりね。

そして、私だけじゃなくて、みなさん普段ってそうなんだと思うの。
頭で考えて色々やったりやらなかったり。



「考えて」いるんだと思う。
基本。いつも。毎日。


でね。
初めからの読者様達はご存じだと思いますが、この2,3カ月
私あんまり脳みそ使っていませんでした。
簡単に言うとボーーーーーっとしてました(笑)
動物界に戻りかけてたって言うか(笑)

なんか、考えてことを進める事に馬力が出なくなったと言うか
ofられたと言うか、考えるのやめよう、と考えた訳でも無くて
いつの間にかそうなってたんです。
そしたら無意識下が色々アクションし出して(詳しくはバックナンバーをお読みください)
今日、なんか原点にいきなり到着した感じがあります。


そぎ落とす


なんか、そんな感じがぴったりです。
生まれた時の、お母さんのおなかの中で細胞から人間にまで
大きくなりながら、大事に握りしめてきた物。
たった一つ大事に持ってきた「もの」

それが、ポツンと私の中にありました。
ずっと。
ずっと。
ずっと。

ずっとそこにあった。


生まれてからここまでの47年間、目の前の色んな事に
たくさん学んで、知識も増えて、頭も良くなって、大人になった。
たった一つだけだった持ち物がどんどん増えて行って
生まれた時より出来る事も知ってる事も、嬉しい事も楽しい事も
何でもできるようになった。


新しいおもちゃがどんどん増えていくみたいに。


そして、一番最初に握りしめていたものがなんだったのか、
忘れていたのかもしれない。


ちょうど引っ越しの時に、荷物を1つずつ箱に詰めていって
段ボールだらけになり、運び出して行ったあとの部屋みたいに
ガラ―ンとしたその場所に、1つだけ残ったものがあった。


今日、唐突に。
その上にずーっとブロックが積まれ続けていたのに
スイッチ押したら砂の城みたいに崩壊して、中から出てきた「それ」。

なんだか涙がどんどん出てね。
嗚咽するほど泣きました。
忘れていた訳じゃないんだけど、長い事手にとって触ってなかった。
目に入ってなかった時間も長い。
似たような違うものを大事にしてた時もあった。


生まれた時に握りしめていたもの。
また手に取る事が出来て良かった。
47年かかりました。



人間ってやっぱりとてもシンプルなんだと思います。




長々とありがとうございました。
なにかメッセージなど頂けると、とても嬉しいです。
お返事ほしい(^-^)
いつもは書かないけど、今日は書いちゃえ。笑


みなさんは秋の夜長、どんな風に過ごしてますか?
近況など教えてくださいね!