人と人との精神的交流は、時間と言葉数に比例しない。

 

ある人が7年間別々に暮らしていた息子と会った。しかし、

「久しぶりだな、元気だったか」などの当たり前のやり方はしなかった。

会うとすぐに

「お前は、いかにいいことが書いてあると思っても、本に書いてあることを信じて生きてはいけない。人の言葉や考えを信じて生きてもいけない。自分の体験によって知ったことだけを信じて生きるようにしなさい」

それでも息子は

「はい、わかりました」

と答え

「7年間も会っていないような気がしない」

という。

人と人とが理解しあっていればこれだけのことで済むのである。

 

ある学校の先生が正反対のことを言っていた。

非行化しないように子供と接する時間はなるべく多く取ってくださいというのである。

また、タバコを吸わないように衣服のポケットなどのチェックもしてください。見つかった場合は直接注意ではなく学校に報告してもらえれば学校で注意します。というのである。

 

子供のために時間を割けというのは、家庭の中心感覚をめちゃくちゃにしてしまう、親にも子供にもそれぞれの生活があってそれでいいのである。

親はただ自分の目的を持って生きていれば子供はそこから学ぶのである。

また、子供を疑って、ポケットの中をコソコソ探るようなスパイのようなことをして学校に報告するというような方針はどうだろうか。。。

 

子供がタバコを吸ったら、どうなるかをしっかり教えてあげて、示してあげればいいだけである。

大体子供に指導する教師がぷかぷかとタバコをふかしながら指導してるのである。

 

中心感覚を大事にしたいですね。