お盆と終戦記念日 | 断酒てへ日常

断酒てへ日常

断酒を続けること、そのために断酒例会に毎日出席を続ける日々

 酒を飲んでいた頃は墓参りなどまずすることは無かったのですが、断酒してからは参ることもあるようになりました。我が家の墓には父の両親と父、それに父の弟が祀られています。

 そして参るごとに思うのは父のこととなります。父は男4人女3人の7人兄弟でした。そしてその男兄弟のうち長男と4男は酒で亡くなっています。それもアルコール依存症以前に大酒で内臓を患っての死でした。そして父もかなり酒好きでまだ若かったころにはことあるごとに酔っぱらっていたのを思い出します。

 

 そんなわけで、父の家系は大酒のみと言えるようで、その血が私を大酒飲みにしたのだろうと思います。ただ伯父や叔父と違って内臓を患うことが無かったのはさぞかし時代が違って栄養状態がいいとか、酒の質も良かったという差ではないかと思います。

 

 父の男兄弟のうち3男は我が家の墓に祀られています。

 写真の霊標の右から3人目が叔父なのですが、命日が昭和20年9月4日となっています。これは終戦の日から2週間ちょっと後なのですが、満州に出征していて終戦後にソ連軍に掃討されたのだそうです。国が降参して無事帰国できると思っているときに殺されたのですから未練のある最期だったと思います。

 

 この叔父さんもほかの兄弟を見ればさぞかし大酒飲みだっただろうと思います。本土に引き揚げて平和なくらしをおくれたなら、心行くまで大酒を飲めたと思うのですが、それはかなわなかったのです。

 無事日本に戻っていたなら今度は、酒で体を痛めていたかもしれませんし、アル中になっていたかもしれません。それはわからないですが、それでも戦後の外地で無駄に命を散らすよりははるかにましだったと言えるでしょう。

 

 この叔父さんのことを思えば、アルコール依存症になるまで生き延びれたのは、平和な時代に生まれたおかげだったのです。平和な日本に感謝するとともに、生き延びたこの命を大事に生き続けなければと思います。

 

 仏さまに庭の花をささげます。

さるすべり

夏水仙

日日草


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