断酒てへ日常

断酒てへ日常

断酒を続けること、そのために断酒例会に毎日出席を続ける日々

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 昔、例会で聞いた話です。

断酒の理想と現実、穏やかな最期

ある人が断酒を全うし、寿命を迎えたのです。そして最後の別れの時、家族たちは、
「断酒を続けてくれて、ありがとう。もう飲んでもいいですよ」と、家族が次々と、故人の唇を、酒で湿していった、ということです。
 断酒を最期まで続け、家族とも円満にそのときを迎えたわけです。
家族に見守られる断酒成功者の最期
 これはまあ、断酒人の最期としては理想的なものでしょう。ただ、本人としてそれが望んだ最後だったのかはわかりません。家族は、本人は酒に未練があったけど、家族のために飲まずに我慢したまま最期を迎えたと思っているからこそ最期を酒で見送ったのでしょう。しかし当人に酒に未練があったのでしょうか。もはや酒に未練はなく。酒など飲みたく無なかったかもしれません。それを家族はまだ未練が残っているとして送られたのですから、不本意ではなかったか、とは私の邪推です。
 
 まあそれでも、家族にとってその別れは心穏やかなものであったのでしょうから、それでよかったわけです。
 
 先の話を受けて別の人の話がありました。
 
 酒に狂ったまま無くなった方の家族の対応の話をされていました。残った家族は、本人と酒へのうらみつらみを吐き出すものだったそうです。酒に狂って、周りの人に散々迷惑をかけても、それを反省することもなく、飲み続けて亡くなったわけで、残された人達の思いは恨みばっかりだったでしょう。「死んでくれてよかった」とすら思われていたでしょう。
転倒した高齢者と散らかった部屋、断酒の難しさ
 人はいずれ死ぬ時があります。逝く本人にとっても逝かれる家族にとっても穏やかな最期を迎えたいものです。

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