
今日は、新旧世界で成功した数少ないワインの造り手、
シャトー・ペトリュスのクリスチャン・ムエックスがナパで造る
スーパープレミアムワイン、
ドミナス[2007]
ナパヌック [2009](ドミナスセカンドワイン)
を紹介致します。
「ナパヌック畑 物語」
ナパヌック畑は 1879年、毛皮売買商のフィンランド人
グスタフ・ニーバムが設立したワイナリーである
“イングルヌック”に使用されていた畑のうちの一つで、
ナパヴァレー黎明期の伝説的な畑です。
1908年、グスタフ・ニーバムが、亡くなると
間もなく禁酒法が施行、多くの生産者達が、閉鎖に追い込まれました。
イングルヌックもワインの生産・販売を禁止されますが、
グスタフ・ニーバム夫人の甥のジョン・ダニエルSr.が、
畑だけは、手入れを怠らず、これを守り抜きました。
1937年、禁酒法が無事解かれた後、ジョン・ダニエルSr.の息子
ジョン・ダニエルJrがイングルヌックを正式継承します。
1964年、彼の死後、夫人の手により手放すまで、
イングルヌックはナパ最良のワイナリーとして君臨しました。
・・・・現在、イングルヌックの意志は、
3つのワイナリーに引き継がれています。
●1つはグスタフ・ニーバムを崇め、邸宅とイングルヌックの畑
約 1,500エーカーを購入したフランシス・コッポラ。
コッポラは当初、グスタフ・ニーバムの名を付けた
ニーバム・コッポラ・エステートという名前でスタートさせましたが、
2006年ルビコン・エステートに改名、そして2011年に
念願のイングルヌックブランド名までも買取り、ワイナリー名を
本来の歴史的な名前イングルヌックに戻しました。
●2つめはジョン・ダニエルJrの次女であり、
父親からナパヌック畑を受け継いだロビン・レイル。
(グスタフ・ニーバムは、大叔父にあたる)
ロビン・レイルは、後にロバート・モンダヴィ社で働いた経験と
オークヴィル・ヴィンヤーズのマーケティング部長の経験のある
夫のジョン・レイルとともに、ナパヌック畑最上級2.5エーカーと
ハウエル・マウンテンに買いたした畑で
レイル・ヴィンヤードを立ち上げます。
(ナパヌック畑124エーカーのうち、わずか2.5エーカーの
最上区画だけは、ムエックスに手放すことなく手元に残しておいた)
●3つめは1982年にロビン・レイルとジョイント・べンチャー、
ドミナスを設立したクリスチャン・ムエックス。
彼は1968年~1969年、カリフォルニア大学デイヴィス校で
醸造学を学んでいた時代、ナパ・ヴァレーに理想の畑用地を
何年もかけて探し求めていました。
1980年代にこの地を再び訪れた際、クリスチャン・ムエックスは
ナパヌック畑に一目惚れをし、「ここだ!」と悟ります。
早速、ナパヌック畑にロビン・レイルとジョイント・べンチャー、
ドミナス・エステートを創設し、ワイン造りを始めます。
(ファーストヴィンテージは1983年)
ちなみに、畑の所有者であったロビン・レイルとの
間を取り持った人物はロバート・モンダヴィです。
1995年にロビン・レイルは、クリスチャン・ムエックスに
ドミナスを売却、ナパヌック畑は(一部2.5エーカーを除き)、
クリスチャン・ムエックスの単独所有になりました。