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未来予想図

近い未来を言い当てることができると、人間、幸せに生きられるのじゃないか?というコンセプトのもと、いろいろ明るい未来について書きまくっています。

アテクシの生まれは終戦後15年経った、1960年の東京下町であり、いわゆる物心が付いた頃にはトックノとうに爆撃の跡はありませんでした。とはいえ、たまに傷痍軍人らしき人が繁華街で物乞いをしている様子がたまにあったりして、それなりに戦争の傷跡らしき事象はあったことは、記憶の片隅にあります。

 

小学校時代の同級生には、変わった奴がいて、軍人勅諭か教育勅語を諳んじていたりして、言ってる意味は分からずとも、言葉の抑揚から「へえ、うまいな」と思ったりしとりました。

 

当時、太平洋戦争に関する子供向けの写真本が結構あって、真珠湾、ミッドウェー両海戦の解説を良く目にしており、「何で負けたんだろ?」という疑問がなんども頭を過ったものです。

 

 

それでも、年を追うごとにそういった記憶や「何で?」という疑問は薄れて行き、80年代を折り返し点として、時代のBGMは演歌からロックなどの明るいトーンのものになり、バブル経済という「イケイケどんどん」の空気に包まれ、世は上がり続ける不動産や株を追いかけ、いよいよ日本もアメリカンドリームならぬ、ジャパニーズドリームを実現する環境ができたんだ!と感じておりました。

 

今年は昭和100年、戦後80年という本当の意味での歴史的節目の年に当たるそうですが、よりによって、人恥を越えた存在である石破という男が、この記念すべき年に「80年談話」を出すことに意欲は衰えていないようですが、まあ、広島で詠んだポエムがよほど感動的だったらしく、あの名プロレス実況アナウンサーだった古館が、「石破の80年談話を聞いてみたい!」などと、誠に軽率かつ無責任な発言をして、総スカンを食っておりますが、河野談話以降、デフレ経済に陥っていく中で、世の気運的に先の大戦を見直す動きが活発化しているような雰囲気を感じています。

 

このブログでも紹介している、文芸評論家の浜崎洋介氏曰く「結局、東京裁判を経て、サンフランシスコ講和条約を締結した経緯から、政治家が口にできる戦後史観は、東京裁判史観を越えることができない」と述べていて、ある程度納得している状態。

 

ちなみに少し横道に反れますが、これまで文芸評論という分野には、全く興味も価値観も持っておりませんでしたが、彼が文芸評論の立ち位置を説明した動画を見て、「ほー、なるほど」と思い、これから少しづつ読んでみようと思うようになりました。

 

できれば当該動画を掲載したかったのですが、見つけるのもメンドクサかったので、簡単に説明すると、今日戦争の時代を経験した人が極端に減っている中で、過去の文芸作品には、その時代背景という空気をまとっており、そこからさまざまなことが読み取れる、からだそうであります。

 

文学や文芸批評といえば、アテクシの第一感は「受験」であり、小林秀雄の作品の一部を切り取って、そこに線が引かれ、傍線の感情を説明しなさい、だのという、こんなことを読み解く力をつけることにどんな意味があるのだろうか?と高校の頃の忌々しい国語教師を思い出したりしておりました。

 

木曜の夜、TVで浜ちゃんMCのプレパトという番組がありますが、そこに出ている俳句のセンセのような、説得力のある国語教師が過去を含め、現代までどれほどいるのか?

 

話を歴史認識に戻しますが、高校での日本史、世界史の授業では、近現代の部分は殆ど「自分で教科書を読め」状態だったと思います。アテクシも当時の進学の空気に埋もれたタイプで、赤本を片手に過去問と睨めっこするだけでありましたが、今この歳になって現代版の赤本を手に取ってみて初めて気が付いたことは、受験問題に近現代史の問題が出る確率は非常に低く、出たとしても大雑把な歴史事象の流れと歴史事象が発生した年くらいまでしか出題されておりません。

 

この理由は、いわゆる確立し、定説化された歴史解釈が存在していないことを意味するのではないか?と思い至ったことであります。

 

 

まあ、そりゃそうでしょう。そうでなきゃ、あの悪名高い河野談話みたいなものが出て、あとで調査したら、談話を作成した有識者も、従軍慰安婦が「強制連行」された証拠は何一つ見つからなかった、と証言しているくらいですから。

 

 

さて、ある意味アテクシ位の年齢の人間くらいまでが、ある程度まで先の大戦の波動を体感できているのだとして、今の現役世代の方々にとっては、戦争というものがもたらす波動さえも感じることができないと思います。

 

であるからして、先の阿部談話でさえ、ピンとこないと思いますが、果たして石破はこの期に及んで何を80年談話として残したいのか?先日の広島で詠んだポエムの延長なのか?はたまた、そこから日本という国家が犯した過ちとして、過去をぶり返そうとしているのか?石破個人の頭だけで思考したポエムを戦没者追悼式で述べようとしているのならば、そして、その内容が隣国に足元を掬われるような内容を含んだものであったとした、それを促している古舘伊知郎の責任は、古館の孫子の代まで追及されるものになると思います。

 


 

彼がプロレスの実況をやっていた頃から、かなりセンチメンタルな男だとは思っていましたが、まさか、プロレスと政治の境界をわきまえることもできないバカ者だったとは、極めて残念なことであります。

 

明日は何事も起きない事を祈念して

 

 

あーめん