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カーヴ・ドランジュ たかお社長のブログ

ワインショップを経営する日々のよしなし事、酒を飲みながら思うこと、だらだらと書き連ねております。

九州の大学で学生が一気飲みで亡くなったとかで、コンパ自体を登録制にして一気飲み禁止の誓約書を書かせているそうな。

これはお酒に関わる商売をしている者として発言しておかなくてはならない。


一気飲みは生命に関わる場合があるほど危険である。

まずもってこの事実は動かしようがないので確認しておこう。間違いない。


しかしまぁ一気飲みとかさせるのが好きな人っているよねぇ。それが男らしいっていう発想なのか、単なるゲーム感覚なのかわからないけど、嫌やヮ。ゆっくり飲もうよ、もういい歳なんだから。

未だにこの歳になっても一気飲みさせられる時がある。ただ昔と違って、飲み方も学習を積んできたから昔みたいに頑張って飲んで飲んで飲んで…で撃沈一直線てなことはさすがになくなった。結局のところ、負けるが勝ちというか、寝てしまう!というのが一気飲みの連鎖を免れる唯一の方法だと確信している。もちろんそこまでには、自分は酒が弱いんですというのを最大限にアピールしておいた後に、一気飲みマスターを満足させる程度のオトコマエな飲み方を少しして頑張ってる感を存分に発揮した上で、寝る。まだイケるな…とか思っても寝る。そこで男気を出して飲んだりしたら大変な目にあう。余裕があっても寝てしまうが正解なのだ。弱いのに頑張って飲んでたカワイイやつ…を演出できるようにしておかなくてはいけない。若い頃は『お客さんの前で寝るなんて考えられない!緊張感がなさすぎる!』とか思ってたけど、緊張感なんてなくってケッコー、自分の体の方が大事なのである。

しばし寝た後、起きて一言目に『もう一軒行きましょか』というのを忘れてはいけない。行く気なんてなさそうな空気を読んだ上でだが、もちろん本人も行く気はさらさらないのだが、言ってみる。『アホか!お前寝といて何言うてんねん』と頭一つはたかれてシャンシャンで終わるのだ。

あとは、人に迷惑をかけず、尚且つ後でネタになりそうな寝方も考慮すべき事項の一つである。

『あいつは酒弱いからなぁ。でも付き合いよるし、オモロイで』となれば勝ちである。

世の中にはとてつもなく酒の強い人がいらっしゃるので、そんな人たちに対等に戦おうなんて思うべきではないのだ。

で、一気飲み。一気飲みが始まりそうになったら、とにかく人が見ていない時には一切酒に口をつけないことである。自分に回ってきたら、僕飲んでまーすというのを最大限アピールして派手に飲む。その後は気配を消す。そうやって逃げてください。女子は一気飲みを断っても空気が悪くなるとか考えずに断っても大丈夫でしょう。可愛く『代りに飲んで』っていたいけな若者を餌食にして逃げてください。


というか、一気飲みを強要するお兄さんたち!飲みたかったら一人で飲め!

以上、酒の弱い酒屋社長の中年の主張であります。

昔、おせちもいいけどカレーもね!っていうコマーシャルがあったけど、確かに子供にとってはおせち料理って食べるものがないというかかなり退屈なセットメニューでしょう。煮込みとかかまぼことかばっかりで全然食べた気がしないっていうのが子供の頃のおせちの印象だったと思う。

ウチの家では他家と比べて極端に辛いごまめ(これは単に祖母の味付けなのか、岐阜ではそうするものなのかは知らない)、岸澤屋の黒豆(黒豆だけはここのに勝るものを私は知らない。たぶん祖母もそう思ったのだろう)、・・・後は一緒かな。これにすましのお雑煮。そしてお屠蘇。酒屋ですからね、当然です。子供の頃から飲んでた。

単純な疑問だが、僕の中のイメージでは、お屠蘇とは単なるお酒ではなく、みりんやいくつかの薬草を加えて作ったリキュールのような酒だと思っていたのだけど、全国的には違うんだろうか?

なんとなく、正月に飲む酒全般をお屠蘇と呼んでいるような気がする。大阪では屠蘇散と呼ばれる煮出し用ティーバッグみたいなのがあって、それで味付けしたもの、つまり薬酒であって、だからこそ縁起物だと思うんだけれどどうでしょう?リキュールというよりはヴェルモットだな、正確に言うと。和風ヴェルモット。

もっと言うと、みりん自体が、今でこそ料理用のイメージしかないけどもともとは飲用であって、体の弱い人や女性などが少し嗜むものだったと聞いたことがある。実際、みりんのメーカーの中には今でも飲用のみりんを出しているところもあるし、清酒の蔵でも奈良の春鹿なんかは古式な飲用のみりんを販売してる。甘くてとてもおいしい。

ウチの祖父はとってもかなりすんごく酒飲みだったので、そんなもの漬け込んだのはいらんから酒だけで出せって言ってて、普通に熱燗で飲んでたんだけど。それでも薬酒というのがお屠蘇の正式なスタイルだというのは聞いてたので、年始の挨拶とかに行って、お屠蘇いかが?とか言われて普通の酒が出てきたら、なんだかなぁとちょいと違和感を感じる。

こんなこと言ってるとそのうちうるさいオッサンとか言われるようになるんだろうか。

でもねぇ、お屠蘇ってのは、一年間の無病息災を祈念するような縁起物なんだから、正式にやった方がいいと思うんだけど。やっぱしその方が健康に良さそうやんか!

という訳で、今からでも遅くない。どっか酒屋さんに行って、屠蘇散ください!って言ってみてください。

最近は置いてないところも多いかな…。

年末から風邪をひいていてかなり辛い状況にある。

かなりバタバタした年末だったので、やっと年末まで辿り着いた!っていう安心感からか、最終配送日の夕方から調子を崩してそのまま2日間は悪化の一途をたどり年明けて今日になってやっとましになってきた。せっかくの休みを無駄に過ごした感ありありで、恒例の東京(奥様の実家)行きもやめ、一人で家で寝ていた。ひたすら。外出は徒歩2分のコンビニまでのみ。

正月を一人で過ごすのって何年振りだろう。結婚してから一度あったような気がするけどよく覚えていない。一人でダラダラできる寝正月ってのにちょっと憧れてたけど、それは体が元気であってこそであって、こんな体調最悪の時にはぜひ誰かにいていただきたい。飯作るのもしんどい。洗濯も面倒だし。普段はそういう家事系は全然嫌じゃないんだけど。


だから今年は、おせちどころか餅も食べてない。

餅っていうと、地域ごとのお雑煮の違いがよく紹介されてたりするけど、ウチに関してはあまりその法則に則ってなくて、大阪なのにすましのおつゆにカツオ節が少し乗っかってるだけのシンプルなものだ。

大阪や京都は白味噌っていうけど、私の祖父母は岐阜県出身だからそっちのお雑煮なんだろうか。

母の実家で白味噌のお雑煮は何度か食べたことあるけど、何か違和感があって、もちろん美味しいのだけれどもやっぱりすましに帰ってしまう。うちの奥さまの実家は東京で、やはりすましだったから何の違和感もなく入れた。ちょっと具が多いかなくらいのもんで。

家の歴史というか家系というのはこういうのに出てくるもんなんよね。

ウチはずっとすましで正月を迎えることでしょう。子供らが国際結婚とかしたらわからんな。どうなってしまうんやろ。クリームソースとか?パプリカ入りとか?

そんなもん喰えるか~!ってひっくり返すちゃぶ台もないし大人しく食べなあかんのかな。

それでも餡子入りよりは納得できるかも。