一年くらい前かにNHKでやってた歴史番組で大坂夏の陣のことをやってた。その時に天王寺で真田や毛利の部隊を打ち破った徳川方が大坂城に迫った時の乱暴狼藉の事もやってたんだけど、ちょうどその舞台になったのは正にウチの自宅辺りなので、自転車で走ってたりするとふと思い出して鎧兜で襲ってくる侍の事を思い浮かべたりする。
当時の記録に、偽首の為に町の商人たちも切り殺され、女たちは乱暴されたり奴隷となって連れて行かれたりしたというが残っているのだが、その奴隷にされた人達の中に『上本町一丁目のかご屋の妻』とか『松屋町のなんとか』とか、めっちゃ近所やがな!って驚くのだけれど、そんな時代に生きてたらウチの奥さんも『酒屋の妻』とかって連れて行かれてたかもしれん。
あの辺に攻め込んできたのは、夏の陣図屏風なんかを見てると、藤堂高虎か井伊直孝かって感じかな。悪そうやな、こいつら。井伊直孝なんかは『赤備え』で有名だったから、赤い鎧がいっぱい迫ってくるのは怖かったやろね。真田信繁(幸村)の部隊も赤の鎧で統一してたっていうから、やっぱり興奮させる色なんかな。僕らの世代だったら『シャア専用?』とかいいそうやけど。
そう考えると、ウチのマンションの下とか、空堀通りなんかはちょっと掘ったら人骨とか出てきそうよね。
京都とかだったら、そんな比じゃなさそうだけど。四条烏丸の銀行の建て替えの時とか大変やったらしいもんね、色々出てき過ぎて。知らんふりして埋めることも多いらしいけど。あの御池通り?を走ってる新しい地下鉄(新しくないのかな?僕が住んでた時にはなかったから!)を造ってる時なんかは、無視して掘っていったんやろね。でないと、いつまで経っても進まないもん。あんな中心部だったら、そらなんか出るわ。
もっと昔の難波宮の時なんかは、ちょうどウチの辺りが奈良へ向かう街道の起点くらいだから、さぞかし華やかだったことだろうし、雅な人たちがウロウロしてたんやろな。雅な人はウロウロしないか、なんか乗りものに乗るね。
何百年も前の事をあれこれ想像しながら歩くのは楽しいもんです。大阪・京都・奈良って辺りに住んでて楽しいのはそういう所じゃないかな。1800年近く日本文化の中心地なんだから、歴史の積み重ねが違うよね。