昨日まで「ヒロサワシティ」に保存されているEF81138にまつわる話題をお届けしましたが、そこからほど近くを運行している「SLもおか」走り始めの頃の動画を本日は紹介いたします。
久々にYT先輩のライブラリーから第10弾として
「C1266・SLもおか」走り始めの頃です。
1994年3月に運行を開始した「SLもおか」をおもに牽引しているのは、私の住んでいる福島市飯野町のお隣、伊達郡川俣町の旧岩代川俣駅跡に保存されていたC1266です。
その保存状態が良かったために、動態復活する事になり真岡鐡道に嫁ぐこととのなりました。
このC1266はもともと川俣線(福島市松川町と川俣町の間に結んでした12.2kmの路線で1972年に廃止)を走っていたわけではありません。川俣線廃止に伴って当時の伊達郡飯野町にはC1260が、川俣町にはC1266が、モニュメントの意味を込めて静態保存されることになりました。
YT先輩のライブラリーには、私同様川俣時代のC1266の記録はありません。そこで岩代飯野駅跡に展示されていますC1260の到着時の写真がありましたのでまず紹介いたします。
※松川駅でここから自力回送されるC1260。撮影:YT先輩。

「さよなら川俣線」の運行が行われた1972年5月14日の夜に松川駅1番線(川俣線ホーム)で自力回送を待つC1260です。
当時の資料によりますと、松川駅まではC1266+C1260で会津若松から電気機関車牽引で回送。川俣線は途中に「阿武隈橋梁」があるため重量の関係で重連走行は出来ず、松川駅からそれぞれC1266は岩代川俣駅へ、C1260は岩代飯野駅へ単機で向かいました。
その翌日、岩代飯野駅でまだ火が入っている状態で私も撮影しております。
川俣町に保存されたC1266が真岡鐡道で復活した1994年当時、茂木駅には転車台はなく、上りはバック運転を行っておりました。
このバック運転、好きでないご同業の方も多いのですが私には違和感がなく、C12はかえってこのバック運転に魅力を感じたりしております。
それは上に紹介した「川俣線」の存在があったからにほかなりません。
※廣田尚敬氏撮影の川俣線の写真をご覧ください。

廣田尚敬氏撮影(保育社カラーブックス152蒸気機関車より)
この写真は岩代飯野~岩代川俣間で岩代川俣行きのC12牽引混合列車を撮影したものです。このように川俣線には転車台がなく、片方は「バック運転」で運行されておりました。
そんな姿を常に見ていたことから「バック運転」により愛着を持つのかもしれません。
いつものように前置きが長くて申し訳ありません。
本題の「YTビデオライブラリー10」です。
YT先輩によりますと真岡鐡道が運行を始めての1994年4月に撮影したものだそうです。
1994年3月27日に運行を開始1996年3月に茂木駅の転車台が出来るまで上りはバック運転でした。
本日は「真岡鐡道・SLもおか誕生の頃」を紹介いたしました。