485系ラストランまであと1週間と迫ってきました。
JR東日本仙台支社のホームページででも出発式のイベントの詳細も明らかにされてきました。
そちらの内容で特に目を惹くのが、数々の同時発車、並走です。
①会津若松駅における「ばんえつ物語号」との同時発車。
②福島駅で「とれいゆつばさ」との同時発車。
③北山形~山形間で「E3系つばさ」と並走。
これらの場所では、相当な混雑になるのでは?と思っております。
その1週間前を記念して? 久々の「東北485系アーカイブ」です。
今日は1972年(昭和47年)私が高校1年→2年になる春に撮った写真を紹介いたします。
まずは1972年(昭和47年)国鉄監修「交通公社時刻表」3月号から。
東北・北海道・奥羽方面特急一覧のページから。
1、下り…東京から東北・北海道連絡、東北・奥羽線連絡。

2、上り…北海道・東北方面から東京連絡、奥羽・東北線から東京連絡。

まさに東北方面は「特急銀座」で各県庁所在地に向かう特急が次々にやってくる時代でした。
①青森「はつかり」(東北経由)583系3往復。(当時は全て583系で運行)
②青森「みちのく」(常磐経由)583系1往復。
③青森「はくつる」(東北経由)583系1往復。
④青森「ゆうづる」(常磐経由)583系3往復、
20系1往復…上野~平=EF80、平~青森=ED75。
⑤青森「あけぼの」(奥羽経由)20系1往復。
上野~黒磯EF65PF、黒磯~福島ED75、福島~山形EF71+ED78、
山形~秋田DD51、秋田~青森ED75700
⑥盛岡「やまびこ」(東北経由)485系3往復。
⑦仙台「ひばり」(東北経由)485系8往復、583系1往復。
「ひばり」は11号まであったが、そのうち2往復は欠。
⑧秋田「つばさ」(奥羽経由)キハ181系2往復。
⑨秋田「あおば」(北上線経由)キハ181系1往復。つばさ間合い仙台~秋田運行。
⑩秋田「いなほ」(上越・羽越経由)キハ81系1往復。
⑪山形「やまばと」(奥羽線経由)485系2往復。
⑫会津若松「あいづ」(磐越西線経由)485系1往復。
⑬平「ひたち」(常磐線経由)キハ81系1往復。「いなほ」の間合使用。
これだけの特急の他に急行もあったわけですから、まさに優等列車銀座でした。
3、編成表です。

編成表からわかるように、485系は8M4Tの12両と6M3Tの9両編成と2タイプありました。
その中から、何枚かの485系の写真を紹介いたします。
4、485系1031M「やまばと1号」とキハ181系2D「つばさ1号」。

本来は「つばさ1号」が福島13:05発で「やまばと1号」が13:09発なので並ばないのですが、当日は「つばさ」が奥羽本線内で遅れたため、この並びに。当時奥羽本線福島~庭坂間は単線でした。
「つばさ」板谷峠をEF71の補機がつく前で、この年の8月に板谷峠のトンネル内で立ち往生、山形のインターハイに向かう高校生が排気ガスで気分を悪くして病院へ搬送される騒ぎに。夏場から急遽EF71の補機がつくようになり、10月改正で1両減車の上、板谷峠は正式にEF71の補機が付くようになりました。
5、山形へ向け福島駅を発車する「やまばと」

後追い撮影ですが、上野方の1号車は小窓が特徴の「クロ481」です。
当時485系であっても板谷峠通過にはMT比はM2:T1の制限がありました。また、「よん・さん・とお、ダイヤ改正」で磐越西線にも485系が「あいづ」として入線することとなり、磐越西線ではホームの有効長の関係から最大9両との制限もありました。結果6M3Tという編成にならざるを得ませんでしたし、グリーン車&食堂車も連結する必要があり、それらを中間車とすると制御車2両と合わせ4Tになってしまい9両を超えてしまいます。
そして苦肉の策として誕生したのが、制御車をグリーン車とする「クロ481」の誕生でした。
仙台車の485系は、MM’×3・TC1・TCs1・TD1…6M3Tの9両を基本にこれにMM’+Tの3両を加えた12両で構成されるようになり、すべてグリーン車は「クロ481」で運行されていたのでした。
グリーン車を増やすために一部の「ひばり」用にTsを増やした13両編成も誕生しましたが、もちろんこの編成は奥羽本線には入線できません。
6、上野駅で撮影した「あいづ」

この頃になると一部カラーで撮っていますが、やっぱりブレブレや豆粒撮影での失敗があったので、まともに見れるのは駅撮りだけなんです
7、福島駅2番線の「ひばり」

当時は手荷物用の「テルハ」がド~~ンとありました。
8、上野方へ出発した「ひばり」

陽光の差し方から午後の列車のようです。
9、「やまびこ1号」は1番線の発着でした。

お客さんの衣装から昭和を感じさせますね。
この撮影時には初期型ボンネット型がすべてでしたが、この後まもなく、貫通型の200番台が加わったのでした。
そして東北特急は上野方はボンネット型のクロ481、青森方が貫通型の200番台や非貫通型の300番台という、前後で先頭車の形が違うという時代もありました。
本日は1972年の485系東北特急を振り返ってみました。最後までご覧いただきありがとうございました。