昨日の報告から前後しますが、最初の撮影は、黒磯駅でした。
先日S回も黒磯駅で撮影したのですが、黒磯駅を選んだのは以下のような理由によるものです。
①前回の撮影は一部不満の残る内容だった。
②前回はEF65Pトップだったが、今回はEF64原色車である事。
ですが、他にも大きな理由がありました。
東北本線黒磯駅は交直の切替駅であることは広く知られていますが、この交直切替、今では日本で唯一となった、地上切替方式をとっていることに大きな特徴があることはあまり知られていないかもしれません。
この黒磯駅の地上切替設備は、2017年にデッドセクションを盛岡方に移設設置し廃止する計画が進められています。
つまり黒磯駅を直流化し、その北方にデッドセクションを設け、交流機は黒磯駅に入場できなくなります。黒磯駅直流化前に地上切替の様子をきちんと残しておこうと思ったのが最大の理由です。
ここで黒磯駅の交直地上切替設備について少し触れておきます。
かつては交直両用の電車や機関車がなかったため、
1957年仙山線仙台~作並間の交流試験に伴う作並駅。
1959年東北本線・黒磯以北の交流電化の為の黒磯駅。
1960年直流電化されていた奥羽本線板谷峠と交流電化された東北本線接続として、福島機関区脇の中川信号所。
などに地上切替方式の交直切替設備が設置されました。
その後485系やEF80、EF81などの走行中に車上で交直切替えが可能な車両が開発され、デッドセクションを通過中に車上で切替える方式に変わっていきました。
その事で、地上切替え方式は姿を消すことになります。作並駅と中川信号所も1968年直流区間の交流化により廃止され、黒磯駅が日本で唯一の地上切替設備を持った駅となりました。
この黒磯駅も1番線の上野方と5番線の盛岡方にデッドセクションが設けられ、485系特急やEF81の「北斗星」や「カシオペア」もデッドセクションを通過中に車上切り替えにより通過して、黒磯駅には停車する必要がありませんでした。
その485系や「北斗星」「カシオペア」の廃止で、現在は黒磯駅を通過する定期列車はありません。
EH500は交直両用機関車ではありますが、デッドセクション通過する為の列車選別装置が設置されていない事と乗務員交代もあって、貨物列車もすべて黒磯に停車しています。
今回、EF81ではなくて、EF641052牽引となった「レトロ福島号」は黒磯駅でED75758に交替され郡山まで運行されます。
その黒磯駅での交直機関車交換の様子を「レトロ福島号」の写真で紹介いたします。
1、直流機・EF641052牽引の「レトロ福島号」到着(再掲載)

パンタや機関車の形状はだいぶ違いますが、
1965年(昭和40年)~1968年(昭和43年)には、この原色EF64+旧客の組み合わせがここ福島の板谷峠でも見られました。
参考:とれいん増刊グラフ板谷峠’83 1965年(昭和40年)1月17日 撮影中島正樹

板谷駅上りホームに停車中のEF64-2試運転列車。
本題に戻ります。
2、客車と切り離され、EF641052は引上げ線へ。

この時の架線に流れる電流は直流1500vです。
3、引き上げ線で直流機EF641052と交流機ED75758が並びます。

天気が良く気温上昇で陽炎がものすごく画面がゆらゆら揺らめいています。
4、架線に流れる電流が、直流から交流へ変換されます。

中央の四角のBOXが交直の表示。タテ2・紫灯…直流。ヨコ2・橙灯…交流。
5、架線に交流20000vが流れると、ED75758が動き出します。

地上切替の黒磯駅でしか見れない、交流機と直流機の並びです。
6、ED75758が客車に連結されます。

直流引き上げ線には、まだEF641052が停まっています。
その後、機回し線を通って、直流機の留置場所へ移動します。
7、連結完了。ここから郡山までED75758牽引になります。

EF641052も前照灯が点いて、まもなく移動です。
黒磯駅での直→交の機関車交換の様子は以上になります。
来年に黒磯駅が直流化されてしまうと1959年から58年間続いた黒磯駅のドラマもなくなってしまいます。
黒磯駅が直流化すると福島方から乗り入れる電車は変更が必要です。乗客もそれほど多くない地区なので、もしかすると交直両用電車ではなく、キハ110等でDC化されるのかもしれませんね。その方が車両代も安上がりでしょうから…。
以上で、今回の「レトロ福島」の報告は終了となりますが、
黒磯駅の交直機関車交換の様子をビデオに収めましたので、そちらもご笑覧いただければ幸いです。
写真より交直地上切替の様子が良くわかると思います。