我が町「福島市飯野町」の廃止になった川俣線、岩城飯野駅跡に保存されています、「C12-66号機」がボロボロの状態になっていましたが、2週間ほど前から一部修繕、塗り直しされています。
あまりにも朽ち果てた状態でしたので、気になっていましたが、表面だけであるものの塗り直され綺麗な姿に戻った事はこの上もなく嬉しい事です。
今回の修復&塗り直し報告の前に、少しC12-60の車歴を振り返り、紹介いたします。
C12-60号機は、
製造:1934年(昭和9年)3月20日汽車製造No.1219
配置:1941年(昭和16年)3月31日 宮原
配置:1949年(昭和24年)3月1日 西舞鶴
配置:1961年(昭和36年)3月31日 出雲
配置:西舞鶴
移動:1972年(昭和47年)3月23日 会津若松
さようなら運転:1972年(昭和47年)5月14日 川俣線
廃車:1972年(昭和47年)5月14日 会津若松
走行距離: 1,440,000Km
保存開始: 1972年(昭和47年)5月15日 設置
保存時契約当事者 国有鉄道:仙台鉄道管理局長
相手方: 福島県飯野町長 1972年(昭和47)年5月14日
JR発足時の移管先:JR東日本
保存にかかわる情報 管理: 所有: JR東日本(無償貸与)
「蒸気機関車ほか 鉄道保存車両について」より転載。
配置:1941年(昭和16年)3月31日 宮原
配置:1949年(昭和24年)3月1日 西舞鶴
配置:1961年(昭和36年)3月31日 出雲
配置:西舞鶴
移動:1972年(昭和47年)3月23日 会津若松
さようなら運転:1972年(昭和47年)5月14日 川俣線
廃車:1972年(昭和47年)5月14日 会津若松
走行距離: 1,440,000Km
保存開始: 1972年(昭和47年)5月15日 設置
保存時契約当事者 国有鉄道:仙台鉄道管理局長
相手方: 福島県飯野町長 1972年(昭和47)年5月14日
JR発足時の移管先:JR東日本
保存にかかわる情報 管理: 所有: JR東日本(無償貸与)
「蒸気機関車ほか 鉄道保存車両について」より転載。
(伊藤注記:「1972年5月14日にさよなら運転・川俣線」と書いてありますが、実際にさよなら運転で使用されたのは、キハ28+58形2両編成で、C12-60は廃止翌日に単機回送の形で岩代飯野駅にやって来ました。C12-60が川俣線を走ったのは、この単機回送が初めてで最後でした。川俣線は廃止から6年前の昭和41年に無煙化されていました。川俣線の無煙化前に走っていたC12は、「169」、「231…現在愛媛県内子駅前に保存中」、「251」です。)
上記の通り、C12-60は、川俣線が廃止になった日の翌日、1972年(昭和47年)5月14日の早朝にこの岩代飯野駅にやって来ました。
川俣線廃止の見返りとして国鉄から飯野町に無償貸与されての到着でした。
14日は生憎の雨でしたが、到着したC12-60を見に朝方飯野駅に行きました。
1、1972年4月14日、到着したC12-60。

同じ日、旧岩代川俣駅には、C12-66が保存されることになり、会津若松から松川までは、C12-60+C12-66の自力重連回送でやってきました。
川俣線内では、阿武隈川橋梁の重量制限問題もあり、それぞれ単機で自力回送され、C12-60は岩代飯野駅に、C12-66は旧岩代川俣駅に落ち着く事となりました。
(皆さんご存知の通りC12-66は、その後、真岡鉄道で見事に復活し、今でも元気に真岡の地を走っています。)
2、C12-60を前面から。

運転手さんが運転室に乗車させてくれました。
SLの運転席に乗ったのは初めてでしたが、カマにはまだ火が入っており、その暑さにビックリしたのを鮮明に覚えています。
3、ロッド(連結棒)は白く塗られていました。

車輪も白く塗られていました。(今回の塗り直しでもこのように塗られました)
4、C12-60のバック。

後ろに見えるのが、4月13日にさよなら運転を終えた、旧岩代飯野駅です。
線路は2度と列車が走る事はなくなってしまった川俣線です。
それから月日は経ち…。
5、2014年9月17日撮影。

風雨にさらされた車体は、塗装は剥げ落ち、汚濁雫の線が無数の縦縞になり、いたるところが錆で腐食していました。
今にも朽ち果てそうなこの姿を見るにつけ、心が痛みました。
もしゃ、このまま解体されてしまうのは?とさえ思えました。
それが今回、見違えるように綺麗になっています。
6、2015年7月22日撮影。側面の様子。

ペンキの職人さんが丁寧に車輪の白い部分を塗っていました。
錆まで落としてはいないので、再び錆が浮き出る危惧はありますが、屋根がないので仕方ないですね。
7、サイドタンクも綺麗になりました

作業をしている方に聞いた所「錆で穴が開いていた所は、アルミで塞ぎ、ペンキで塗った」とのことでした。
8、ナンバープレート、製造会社名盤の変化。
上:2015年7月22日撮影、下:1972年5月14日撮影。

綺麗に塗り直されましたが、長い年月風に晒され、「汽車」の字に変化が。
9、車輪は綺麗になりましたが、ロッドは塗り直さないのかな?

車輪も綺麗に蘇りました。
10、前面も綺麗になり、C12-60も気持ち良さそうです。

C12-60も心なしかたくましく見えました。
私の鉄道趣味の原点のひとつ、「C12-60」が綺麗になり、「よかったね!」と心の中で話しかけました。
「C12-60」自身も、「綺麗になったでしょう!」と言っているようです。
今年のクリスマスのイルミネーションはさぞかしや綺麗になるのでは?
この度、我がCRWにも鉄道模型のC12の入線がありました。
残念ながらC12-60のナンバープレートはなかったので、茅野に保存してある「C12-67」にしました。
CRWでの走行の様子は近々紹介する予定です。よろしくお願いいたします。