「いわき以北の今」を伝えるシリーズ、3回目の本日からは「1F事故」の傷跡が大きく残り、運転再開がいつになるかわからない常磐線の姿をご紹介いたします。
心が痛む写真の数々になりますが、「常磐線のもうひとつの現実」を見ていただくために敢えて掲載いたします・何卒よろしくお願いいたします。
まもなく再開予定の「竜田駅」以北、富岡町に入ると「避難指示解除準備区域」から「居住制限区域」と進みます。
常磐線も震災以降まったく手がつけられていない区域になります。
富岡駅は竜田駅から6.9kmです。駅は「避難指示解除準備区域」ですが、駅周辺には「居住制限区域」が混在します。2013年3月24日までは警戒区域で立入そのものが禁止されていたため、3.11のままの部分が多く、津波の傷跡がそのまま残っているのが現状です。
そんな富岡駅現状を写真で紹介いたします。
1、旧駅舎の入口前からホームを望む。

かつては白いタイルの部分に駅舎がありました。
かつての駅舎の様子はウィキペディアでご覧下さい→こちらをクリック
2、駅舎があった場所の拡大です。

ジュラルミンのパイプがここに改札があった事を今に伝えています。
駅舎は片づけられていますが、ホームの屋根、折れ曲がった架線柱、跨線橋は津波に襲われたままで残っています。
3、駅前の駐車場付近からホームを望む。

遠くにかすかですが水平線が望めます。海は近いです。
4、線路付近から跨線橋方面を望むと。

線路は雑草で覆い尽くされ、まったく見えません。
その線路上には津波で流された車が1台放置されています。
5、折れ曲がった架線柱の前には、3.11の慰霊碑が建てられています。

たくさんの飲み物や花が供えられています。ご冥福をお祈りし、手を合わせてきました。
奥には残った松の木と忙しく動く重機が見え、奥に太平洋が広がります。
6、駅前に目をやると、こちらも2011年3月11日から時が止まっています。

津波の瓦礫そのまま……これが富岡駅付近の現実です。
あの3.11の時、津波が襲って、最初に避難勧告が出されたのは、
後に重大事故を起こした「東京電力福島第一原子力発電所(1F)」周辺ではなく、
富岡町に立地する「東京電力福島第2原子力発電所(2F)」の方でした。
2Fの全電源喪失でまず2F20km圏内に避難指示が出されました。その為富岡町の人たちは、着の身着のままで避難を余儀なくされました。
その後に2Fは外部電源が確保され、それ以上悪化する事はありませんでした。
一方1Fが大変な事に…報道されている経過をたどるようになる訳です。
7、富岡駅に設置されている「放射線モニター」です。
0.368μgy/h(マイクログレイ/時間)…1μgy≒1μsvです。
年間積算放射線量は、3.2mgy(ミリグレイ)です。
居住制限区域ですが、空間線量はだいぶ低いです。
とはいっても平常時の0.08μgy/hに比べれば高いのですが。
「富岡駅の今」は以上です。この現状ですので、残念ながら常磐線の完全復旧は相当先の事と言わざるを得ません。
次回は、
「富岡駅の一つ北の駅」
「許可なく見る事が出来る1Fに一番近い駅」
「つつじが咲き誇る事で有名な駅」
「夜の森駅の今」をお伝えいたします。