赤岩駅は「秘境中の秘境の駅」という言葉がぴったり当てはまる様な駅です。
駅というと、山の中の駅でさえ民家や店の1軒や2軒はあるものですが、赤岩駅の周辺にはまったく民家はありません。
駅から一番近い民家は車が1台やっと通れる低差200mはあるのでは?と思えるような細い道をくねくねしながら登った所に数軒あるのみです。
道の途中では、車も切り返しをしないと通れないような所もあり、運転を誤れば命はまずないのでは?とも思えるようなものすごい道です。もちろん舗装などはもちろんなく、雨脚に削られ石がごろごろしているので、4WDでなければ心もとない道です。
私が車で訪れた駅では、間違いなく一番険しい駅前通りを持っている駅です。
そのような駅なので、今回は訪問を躊躇しました。本日取り上げる写真は、4月に訪問した時に撮影したものです。
赤岩駅は、住人の乗降は殆どなく、たまに秘境を訪問する人等の乗降があるのみなので、12月~3月は閉鎖され列車はすべて通過となります。ですから、12月の今は全列車が赤岩には停車しません。
1、朽ち果てた旧赤岩駅ホームには、赤さびた駅名盤と水仙の新しい命が対照的でした。

2013年4月25日 夏の間に伸びた草も雪の重さで潰されてしまいます。その中からまた新しい命が芽生えてきました。
2、大正時代、ホーム越しに4110重連が福島に向かって行きます。

1917年(大正6年)10月 とれいん増刊 グラフ板谷峠より。
3、赤岩駅が元気だったころの姿です。EF71-13牽引の493レ貨物通過。

1983年(昭和58年)2月10日 とれいん増刊 グラフ板谷峠より
3、EF71-13が通過中の架線中の脇から福島方面を撮った写真です。

2013年4月25日 146Mつばさ146号 E3系2000番台L70編成。
左に見えるのが、旧赤岩駅の突っ込みトンネルです。
つばさの向かっているカーブの先が「松川橋梁」です。
4、松川橋梁の脇から、赤岩駅方面を望むとこのように見えます。

福島へ向かうED78-9牽引428レ 1975年(昭和50年)5月4日 鉄道ファン1975年12月(通巻176号)
この頃は駅周辺に数軒の家がありましたね。
ED78の向かっている先が、深い渓谷に架かった橋「松川橋梁」です。
5、現在の「松川橋梁」は橋桁の部分が赤く塗られています。

2013年4月25日143Mつばさ143号 E3系2000L72編成。
単線時代からある、「3代目松川橋梁」を標準軌つばさが軽快に駆け抜けます。
6、今回の「板谷峠」シリーズで、多くの写真を拝借した「レイル・とれいん増刊」の表紙もここで撮られています。

この時の橋桁はグレーに塗られていました。
7、山の中腹から撮ったEF71と協調運転の写真も見つけました。

1975年(昭和50年)8月4日 1Dつばさ。
イカロスMOOK 名列車列伝シリーズ4、新幹線つばさ&キハ80系・キハ181系。
この橋の脇の山は、雑木林になっており、入るのが少し大変そうで、軽装備だったので今回は入るのを諦めました。
赤岩駅、車で訪れる事は、お勧めできません。それだけ険しい道のりだからです。冬の間は普通電車もすべて通過するので、訪問は一層難しくなります。
それだけ「秘境中の秘境の駅」という証しなのです。
次回は、【板谷峠今昔物語】シリーズ最終回、私の鉄道趣味の原点「庭坂大カーブ」です。よろしくお願いいたします。