板谷駅周辺は今年訪問した3駅の中では一番民家の密集している駅です。
とはいっても分校も廃止される程の小さな集落ではありますが……。
板谷駅は福島米沢間を「板谷峠」と呼ぶほど、昔から主要な駅だった訳です。
その駅も今ではホームの一部が残っているもの草に覆われて過去の遺物と化しています。
1、旧板谷駅から現在の駅方面を望む

旧板谷駅には標準軌幅の線路が敷設されています。
これは、保線用の車両を置く為の引込線で、3月に訪問した時には「マルチプルタイタンパー(マルタイ)」が置いてありました。
本線に向かうスノーシェッドには今は使われていない信号機があります。
スノーシェッドの上には、峠駅へ通ずる陸橋があります。
かつての板谷駅の様子をとれいん増刊から紹介します。
2、大正時代の板谷駅の様子。
給水中のSLは4100形。出発したのは、4110形重連の上り列車。
今と同じくスノーシェッドの中間には大正時代から陸橋があったんですね。

1917年(大正6年)10月 増刊とれいん・グラフ板谷峠より。
3、時は移り、最新型のEF64が活躍を始めました。

1965年(昭和40年)1月17日 増刊とれいん・グラフ板谷峠より 写真:中島正樹
現在の板谷駅は本線上のスノーシェッの中にありますが、
その手前には、36‰の急坂で上ってきます。
4、36‰が続く板谷峠は、碓氷峠がなくなった今ではJR路線一の急坂。

この36‰は下がっている標識ですが、登ってくる下り線はその登りを意味します。
奥に先日話題にした昔のスノーシェッドの片割れと思われる赤茶けた枠が見えます。
5、E3系つばさは、この急坂をものともせず、軽快に登ってきます。

山形行き135Mつばさ135号 E3系2000番台 L71編成
6、2033M485系つばさ、板谷駅通過。

1983年(昭和58年)2月9日 増刊とれいん・グラフ板谷峠より
7、板谷峠は新在直通が開始され、400系が行き来するようになりました。

1992年(平成4年)7月 鉄道ジャーナル1992年9月(通巻311号) 写真:沖勝則
8、峠駅から上り列車は下り勾配が続きます。
東京行き138Mつばさ138号 E3系1000番台 編成はL52or53かは確認できず。左に見えるのが、スイッチバック時代の突っ込みトンネルです。
9、福島&米沢の中間点が板谷駅。福島と米沢をほぼ同時刻に発車する上下列車は、ほとんどが板谷駅周辺で交差します。

左:山形行き135Mつばさ135号L71編成、右:東京行き140Mつばさ140号L72編成板谷駅近く板谷~峠間で寮機の出会い。真ん中に見えるのが突っ込みトンネル。
2013年4月25日撮影。
10、このアングルも4110時代の写真があります。今と比べると興味深いです。

1936年(昭和11年)8月11日 鉄道ファン1975年12月(通巻176号) 写真:西尾克三郎
蒸気時代は、通過線がなかったので、全ての列車がスイッチバックしていました。
11、標準軌になる前は、EF71・ED78が行き交っていました。

1975年(昭和50年)9月20日 鉄道ファン1975年12月(通巻176号) 写真:諸河久
スイッチバックで出会う右425レと左426レ。
EF71&ED78重連で客車4両では、力をだいぶ持て余したのでは?
この旧客は、背が板張りのオハ61&オハフ61でしょうか?
本日は「板谷駅の今昔物語」でした。いかがだったでしょうか?
出来るだけ、過去の写真に合わせて現在の姿を伝えられるように写真を撮りました。
しかし、木が伸びてしまったり、雑草が多かったりして、過去の様にはうまく撮れなくなっている所も多くあります。
次回は、赤岩駅編ですが、4月に訪問しています。赤岩駅に行くには、「本当にこの先に駅があるの?」と思える大変な悪路を行かなければならないので、今回は断念しています。
4月に撮影した写真と、Myライブラリーにある雑誌から紐解く内容になりますので、悪しからずご了承ください。