【My鉄道ライブラリー】70’Express東北③キハ181系つばさ | cavacho☆彡“きゃばちょこ”です。

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 1970年代前半を中心に、私のアルバムに残っている写真で、1970年代に活躍していた、在来線特急を中心に振り返る【My鉄道ライブラリー】70’Expressシリーズ。
 
 本日からは、特急「はつかり」で誕生した、ディーゼル特急のシリーズになります。
 
 当時、ディーゼル特急は、北海道方面と関西発が多く、関東では上信越・常磐・東北方面で、キハ81系の「いなほ」「ひたち」とキハ181系の「つばさ」のみでした。
 
 本日より、以下の4回に分けて紹介する予定でおります。
1、特急街道の東北本線上野口で孤軍奮闘するキハ181系「つばさ」。
2、上野発上越線周り秋田行きキハ81系「いなほ」と大阪~青森を走破するキハ82系「白鳥」。
  名古屋発キハ181系「しなの」とキハ82系「ひだ」。
3、大阪発山陰方面&九州方面キハ82系&キハ181系特急群。
4、昭和50年撮影の北海道のキハ82系特急群。
 
 
 本日は、東北線で孤軍奮闘する、キハ181系「つばさ」です。
 
「つばさ」…1961年(昭和36年)10月(さん・ろく・とお白紙ダイヤ改正)、
「はつかり」に続くディーゼル特急第2期生として「おおぞら」「白鳥」「まつかぜ」「みどり(12月まで運休)」「ひばり(翌年4月まで運休)とともに誕生しました。
 
 「つばさ」は、福島~米沢間・板谷峠で36‰連続勾配が続くため、「EF16」→「EF64」→「EF71」とずっと補機の力をかりて峠越えをしていました。
 1970年(昭和45年)板谷峠を自力走行すべくキハ181系が登場。板谷峠は補機なしで越えるようになりました。
 写真で紹介する、1972年は補機なしで板谷峠越えをしていました。
 
 その後、東北本線内の120km/h運転や過酷な板谷峠越えなどで、エンジンカット等の不調が起きるようになりました。そしてついに、板谷峠のトンネル内で峠を登れなくなり立ち往生してしまい、車内に排気ガスが充満し、気分を悪くする人が出たりする事件も発生。急遽EF71の応援をもらって峠越えをするという事もありました。
結果、1973年からは12両から11両に減車し、再びEF71と協調運転で峠越えをするようになりました。
 1975年11月の奥羽本線秋田電化完成で、「つばさ」も485系に電車化され、ディーゼル特急は板谷峠の補機牽引解消とともに消えました。
 
 ここでは1972年3月のダイヤを紹介いたします。
下り…1D・1号 東京7:20→秋田15:10、 3D・2号 上野12:05→秋田19:43、
上り…2D・1号 秋田8:25→上野16:09、 4D・2号 秋田13:25→東京21:17
 
 福島駅3番線で、1D「つばさ1号」 イメージ 1
 先頭車はキハ181-14号車。キハ181系は82系に比べ、厳ついフェースマスクです。
 
 別の日に撮影した3D・つばさ2号
イメージ 2
 この当時は、堂々の12両編成です。
 汚水を抜き取っているのか、燃料を補給しているのか不明ですが、作業をしている人が見えます。
 
 松川~安達間で撮影。
イメージ 3
 私にとっては、珍しい駅外での撮影で、流しが決まったお気に入り写真です。
 しかし、この写真もアルバムにいっぱい貼る為に周りを切ってしまっているのが残念です。
 
 
 1973年に再び、福島~米沢間はEF71の力を借りて板谷峠越えをするようになりました。
 1975年、まもなく電化で消える事がわかってから、福島駅で撮影しました。
イメージ 5
 連結作業の様子です。EF71は先頭がホーム外にはみ出しているため、前方からは撮影できませんでした。
 上りを捕えれば、前方から撮れたのに、悔やまれます。
 
 EF71と協調運転で板谷峠へ向け出発です。
イメージ 6
 キハ181がディーゼル特急の証し、排気ガスが黒く見えます。
 
 別の日に少し後ろから撮った写真です。
イメージ 4
 キハ181は屋根上のラジエターが特徴でした。所属区名「北オク」が見えます。
 
 本日はキハ181「つばさ」の紹介でした。
 次回は「いなほ」と「白鳥」をよていしております。よろしくお願いいたします。