これは、当時のプロ野球界最高の打者であったイチローから、3打席3三振を奪った際の言葉だ。
間違いなく実力があり、周囲もそれを認めていたとしても、「自信を確信に変える」のは結果しかないということだろう。
そういった意味で、この試合における勝利はヴィッセルの選手たちにとって、「自信を確信に変える」第一歩になったのではないだろうか。
現在の順位や、ここまでの結果を考えれば、この表現は甘すぎるように思われるかもしれない。
しかし、今ヴィッセルの選手たちがピッチ上で見せている変化を続けていくためにも、勝利という結果が必要だったことは間違いない。
試合後、アンドレス イニエスタは「これまでチームがトレーニングで続けてきたハードワークが結果につながっていなかったが、こうして勝点3を得たことがチームにとっての自信となる」と語っていたが、これは偽らざる気持ちなのだろう。
フアン マヌエル リージョ監督が就任後、ヴィッセルのサッカーは着実に進歩を遂げている。
それを支えているのは、吉田孝行前監督が拘った「パスをつなぐ」という意識ではあるが、そこにリージョ監督はゴールへの道筋という概念を加えた。
それを選手が意識することで、正しいポジショニングが可能になり、効率的にボールを運べるようになる。
ゴール前に放り込んで、前線の選手の個人技に託すといった、半ば「偶然性」のようなものに依存するのではなく、あくまでも「論理的」にゴールを奪う。
このサッカーを習得するのは簡単なことではない。
しかし、これを身につけたとき、ヴィッセルはチームとしての財産を手に入れることになる。
とはいえリージョ監督は、自身の理想をチームに強要するタイプの指揮官ではない。
選手の力量を測り、その中で実現可能なメソッドを提示している。
これができるのは「マエストロ」とも称される、リージョ監督によるところが大きいのは確かだが、同時にそれを可能にするだけのスタッフを揃えているためだ。
方向性を定め、そこに至るまでの道筋を決めることで、必要なパーツ(スタッフ)は自ずと定まる。
それはあたかも登山家がたどるプランニング、準備、実行という手順のようですらある。
こうした流れの中で、ヴィッセルのサッカーは成長を続けている。
敗れこそしたが、前節ではリーグ一の堅守を誇る川崎Fを相手に3得点を奪い、60分過ぎまでは互角に戦った。
結果は出ていなくとも、この流れから外れるわけにはいかない。
その上で、現実的な問題である「J1残留」を確実なものにするためにも、この試合では勝利という結果が必要だった。
そのためにリージョ監督は、チームに変化を加えた。
前川黛也と伊野波雅彦をスタメンで起用したのだ。
そしてこの両選手は、試合の流れを作り出す仕事をして、指揮官の期待に応えて見せた。
この両選手に対してリージョ監督は、試合後の会見で「前川や伊野波などの今まであまり出場機会が多くなかった選手達が、チームに熱を加えてくれたことは大きいです。日々の取り組みをプロフェッショナルにやってきたということがこのような結果に繋がったと思います」と賛辞を呈し、彼らの健闘を称えた。
どんな時もチーム全体に目を配り、チームにとって最良の選択をするという意思をチーム全体に伝えたことで、今後チーム内の競争は活性化するだろう。

絶対的守護神であるキム スンギュに代わって、リーグ戦デビューを果たした前川だが、見事なプレー振りだった。
中でも2分に見せたプレーは、チームに勢いをつけた。
左サイドでエドゥアルド ネットからの裏に抜けるパスを受けた前田直輝がDFをかわして入れたグラウンダーのクロスにジョーがダイレクトで合わせたシュートを、見事にセーブした場面だ。
シュートそのものは正面ではあったが、リーグ戦初出場でいきなり元ブラジル代表に打たれたシュートだっただけに、前川にとっては相当な緊張を強いられたことだろう。
チームが勝利から遠ざかっていることを思えば、これが決まっていたらヴィッセルは、その後見せたような戦いをできたかは疑問だ。
その意味でもこの前川のプレーが、チームに落ち着きをもたらしたように思える。
カップ戦で出場した際にも感じたことだが、前川のキック精度は相当に高い。
このキック精度は、今のヴィッセルのサッカーにおいては絶対的に必要となるものだ。
攻撃時に行き詰った場合は、例え相手陣内からでもバックパスでGKまで戻し、そこから再度組み立て直すことも厭わない。
またセンターバックを開かせ、その間でGKがビルドアップの起点となることも多い。
そのためGKには高いキック技術が求められるのだが、前川はそれを持っている。
この試合でも、何度もボランチに前を向かせるようなグラウンダーのパスを通して見せた。
また玉田圭司やジョーがプレッシャーをかけてきた際も、落ち着いてそれをかわし、前にボールを供給するのだが、その際に安直にサイドバックを選択することもなかった。
GKにとってサイドバック方向はパスを出し易いことは事実だが、そこは相手選手も狙ってくる箇所であり、安直にそこを選択すると、逆にプレーエリアを狭めてしまい、追い込まれる危険性も高い。
それをかわし、なおかつ縦方向にボールを入れるためには、長短、そして高低のボールを蹴り分ける技術が求められる。
ハイボールへの対応も悪くなかった。
その後も安定したプレーを続け、66分にもジョーのシュートをセーブするなどチームに貢献した。
そして何よりも、リーグ戦初出場で勝利を掴みとった「勝負運」は魅力的だ。
今後、出場機会を増やしていく中で、父である前川和也氏のような位置まで辿り着くことも、決して夢ではないだろう。

この前川のプレーの後、試合はヴィッセルが完璧に支配した。
玉田が「一方的に神戸にやられた」と振り返り、ジョーも「神戸は賢く、巧くサッカーをやってきた」と語るほど圧倒的だった。
そこで大きく貢献したのが伊野波だ。
この試合で伊野波に課せられた役割は複雑なものだったように思う。
攻撃時にはルーカス ポドルスキのスペースを作るため、2列目を追い越すように動き、相手のボランチ、特に小林裕紀を引っ張り出した。
そして守備の際には守備ラインの前まで戻り、そこで相手の攻撃の芽を摘み続けた。
この伊野波の動きがあればこそ、前半の完璧な試合運びは成立していた。
ヴィッセルにとって、攻撃時のキーマンがイニエスタとポドルスキであることは言うまでもない。
この両選手が自由にプレーするスペースを如何にして作り出すかが、ヴィッセルの攻撃では最大の鍵を握っている。
以前は藤田直之や三田啓貴がその横で護衛役となり、一時的にボールを預かるようにしていたが、その場合、相手守備ラインの前の人数は確保できるが、相手の裏に抜ける人数が心許なくなる。
そこでリージョ監督は、伊野波に相手ボランチを引っ張り出してポドルスキのスペースを確保させた。
そのポドルスキが左右に流れ、相手のマークを連れて行くため、中央にはイニエスタがプレーするスペースが生まれた。
先制点の場面もそうだったが、この試合では攻撃時にイニエスタが相手守備前の中央でボールを捌く場面が多く見られた。
こうなるとイニエスタの変幻自在のパスワークは冴え渡る。
名古屋の守備はイニエスタに寄せればかわされるため、飛び込むこともできず、距離を取ってイニエスタを注視するしかなかったのだ。
また伊野波の動きは、藤田にも自由を与えた。
中盤の底に戻っての守備を見せることで、藤田の負担を軽減した。
ボールホルダーに対して、伊野波が奪いにいくため、藤田はそのカバーと役割がハッキリしていた。
その結果、藤田は余裕をもってプレーする時間帯が長く、前を向いてボールを持つシーンが増え、プレーエリアもこれまでよりも高くなっていた。
そのため藤田が攻撃陣の近くでプレーする時間帯も増え、ヴィッセルの攻撃に厚みが生まれた。
この状況を作り出した伊野波は、常に考え続けることを要求されていた筈だが、それを巧くこなした。
後半、名古屋が布陣変更で息を吹き返した時間帯は、落ち着いて中盤の底でエドゥアルド ネットと対峙し、決定的な仕事をさせなかった。
この試合における伊野波は一番星に選出したくなるほどの、見事な働きを見せてくれた。

先制点を演出したイニエスタのプレーは圧巻だった。
寄せてくる相手を簡単にかわし、パスを出したかと思えば、目の前にスペースを見つけると、隙間を縫うようにドリブルを仕掛けるなど、変幻自在のプレーを見せた。
先制点を演出したシーンでは、ボールを握りながら、右からポドルスキが走ってくるスピードを計算し、そこに浮き球を供給した。
このプレーについてイニエスタは「あの場面では上(空中)しか空いていなかった」とこともなげに語ったが、これが世界を虜にしてきた「イニエスタマジック」だと思うと、この名人芸を直に観ることのできる幸せを感じずにはいられない。
この試合のようにイニエスタが高い位置でプレーすると、確実にシュートチャンスが増える。
前線の全ての選手が「走りこめばイニエスタからボールが出てくる」ということを信じてプレーしているため、ボールを見ている相手よりも一歩早く動くことができている。
この試合のような形を作ることが出来れば、ヴィッセルの攻撃がさらにバリエーションを増してくることは間違いない。
課題もあった。
筆者が最も気になったのは、後半開始から20分ほどの戦い方だ。
名古屋が3バックに布陣を変更したことで、ヴィッセルとの噛み合わせにギャップが生まれた。
その結果、守備のスイッチをどこで入れるかが曖昧になっていたように感じられた。
後半開始直後の玉田のゴールも影響していたのかもしれないが、ヴィッセルの守備が嵌らない時間帯が続いた。
大﨑玲央とアフメド ヤセルを中心にゴール前は固めていたため、それ以上の失点の危険性があったわけではないが、やはりボールを奪う箇所が曖昧になると、攻撃の時間は減ってしまう。
攻撃力に特徴のあるサッカーを志向している以上、攻撃のための守備を絶やしてはいけない。
ヴィッセルの特徴的なサッカーに対しては、これからも対戦相手は様々な対応策をとってくる筈だ。
その中には、試合中のフォーメーション変更もあるだろう。
そうした変化に対して、瞬時に対応する術を身につけなければ、リージョ監督が目指しているサッカーは完成しない。
そしてもう一点は、当たり前のことではあるが、決めるべきときに決めるということだ。
この試合では34分に自陣からのカウンターが決まった。
相手の守備1枚に対して、ヴィッセルはボールを運んだ古橋亨梧と藤田の2枚が攻撃に出ていた。
古橋から藤田にボールが渡り、藤田は相手GKとの1対1を迎えたが、ここで藤田のシュートは相手GKの正面を衝いてしまった。
藤田がトラップする一瞬で距離を詰めたランゲラックの技術も見事ではあったが、ここは決めて欲しかった。
試合後、リージョ監督は「ああいった場面を決められないと、別の場所で代償を払うことになる」と話していたが、その通りの展開になってしまった。
藤田の技術であれば、ランゲラックをかわすこともできたと思われるだけに、残念でならない。

トータルで振り返った時には、ヴィッセルの良い面が存分に発揮された試合だったといえるが、ここで特筆すべきは那須大亮だ。
71分に大﨑との交代でピッチに入った那須は、最後まで名古屋の攻撃を跳ね返し続けた。
伊野波同様、那須も十分に出場機会を得ているわけではないが、常にいい準備を続けているからこそ、このように起用された試合で結果を残している。
那須や伊野波といったベテランが常に準備をしているということは、チーム全体を勇気付ける。
気持ちを前面に出してプレーする那須の姿は、チームの一体感を現しているかのようだった。
先日、三浦淳寛スポーツダイレクターとイニエスタが『スーパーサッカー』に出演した際の映像を、番組の公式ツイッターで視聴した。
その中で三浦ダイレクターは「来年は間違いなく、良くなります。それは自信があります」と力強く語っていた。
事実、リージョ監督を迎えてからヴィッセルのサッカーは着実に進歩している。
この試合では走行距離は名古屋よりも短く(107.302km対112.445km)、スプリント回数は名古屋を上回った(142回対111回)。
その上でポゼッション率(54%対46%)、相手陣内でのパス数(336本対238本)ともに、名古屋を圧倒した。
これが全てを表しているわけではないが、この数字からは「素早く、効率的に、試合を支配する」というリージョ監督の目指すサッカーが形になっていることが窺える。
この短期間にこれだけの成長を遂げたのだから、ここに時間という要素を加えたらと考えると、三浦ダイレクターならずとも期待は高まる。
この試合の勝利によって、「J1残留」には大きく前進した。
当初思い描いていた立ち位置とはだいぶ異なっているが、来季への期待がある分だけ気持ちは明るい。
この試合で得た良い流れを切らないためにも、1週間後の鳥栖戦は大事にして欲しい。
フェルナンド トーレスとイニエスタの「スペイン代表対決」という点にも注目が集まり、チケットは早々と完売したという。
日本中のサッカーファンの目が注がれるこの試合で、ヴィッセルのサッカーを存分に披露し、世間を驚かせて欲しい。
そして「確信」の度合いを高め、来季以降の飛躍へとつなげて欲しい。

今日の一番星
[ルーカスポドルスキ選手]
この試合の主役は、この選手を置いて他にはない。2ゴールでチームを勝利に導いたのは、主将であるポドルスキだった。1点目はイニエスタからのボールに走りこみ、つま先で当てるような格好で綺麗にゴールに流し込んだ。圧巻は2点目だ。85分に伊野波が右サイドを縦に出したボールに疾走し、櫛引一紀と競り合いながらもこれをキープし、櫛引を引き連れたまま中央に切れ込んで左足を一閃、ゴールに突き刺した。この場面では右手一本で身体を寄せてくる櫛引をコントロールし、シュートするスペースを作り出している。この技術もさることながら、足が止まりかけていた時間帯に長躯疾走し、得点を決めるのはさすがにドイツ代表のレジェンドプレーヤーだ。試合後、サポーターに向かって両の拳を突き上げる姿は、まさに英雄のそれだった。一方、試合前にはリーグ戦初出場の前川に「ミスをしても気にせずに楽しんでやれ。俺が点をとるから」と声をかけ、試合後には前川を強く抱きしめ、祝福する姿には主将としての責任感とルーカスらしい優しさが溢れていた。この雄雄しくも、優しい闘将に文句なしの一番星。