わたしのファースト猫。
極上のフワモフ猫です。
天使が猫の姿で降りてきてくれたと
真顔で言い切りますが、なにか?
⊂((・ω・))⊃✨
プロ演奏家へ物申すかたちになりそうで
絡まれるとめんどくさそうで
遠慮しようかとも思ったのですが
音楽愛好家として悩む方が多いようなので
一度、ちゃんと書いておこうと思います。
題して
「クラシックのテンポ表記はなぜ
数字ではなく
日常で使われる単語があてがわれるのか、
それをどのように捉え、
テンポはどのように決めるべきなのか」
問題。
テンポの決め方について考慮すべきものに
番号をふっていきますよ〜。
1. テンポ表記のイタリア語は
「本来は長文で表されるものの翻訳」。
たとえば「Andante」。
日本語になおすと「歩く速さで」
となりますが、
本来ならば以下のような長文で解釈します。
イタリア特有の気持ちのよく晴れた気候で
カラッとした空気で
日光が気持ちよくて
海が綺麗で 緑が綺麗でお花が綺麗で、
なんだか歩きたくなってしまう。
歩くとなんだか楽しくて、
こうも気持ちいいと
顔見知りに会うと笑顔で挨拶しちゃうし
今日はいいことがありそう。
…単語だけを抜き出して
日本語変換すると間違える、とは
留学帰りの先生のお言葉です。
が、
「理解」して「判断」するには
これだけでは知識として足りない。
2. 人の心持ちや快不快の程度などは
ある程度決まった心拍数(BPM)で
その状態になることがわかっている。
つまり、
Andante からかけ離れた心拍数で
Andanteを味わうことはできない、
ということです。
そして、
人としての立ち位置や心理状態を示す
心拍数は
年齢
性別
普段の生活リズム
過去の運動経験
健康状態
など
によりバラツキがあることも
わかっています。
3. テンポは聴く人の心拍数に
影響を与えることがわかっている。
メトロノームの音に耳を傾け続けると
心拍数がそのテンポに近づくことが
わかっています。
ただし、単調な音に飽きて
聞かなくなってしまうと
その効果はありません。
かならず「聞く」必要があります。
そして
一定のテンポで演奏された音楽でも
同じ効果が起こることが
実験で確認されています。
そして確認はできていませんが
仮説としては
聴く側がそのテンポ感を拒絶した場合には
テンポによる心拍数への影響は
ないのではないか、
と言われています。
また
今現在の心拍数からかけ離れたテンポを
いくら真剣に聞いても
効果は見られず、
テンポを心拍数に近いものから
徐々に近づける必要があることも
確認されています。
4. 昔の音楽好きの常識であれば
音楽は「経験するもの」だった。
…残念ながら過去形です。
もともと音楽は
精神を養うために必須の栄養
として扱われるものでした。
そういう内容だと伝わる演奏、
ではなく
聞く人が自分の体験として味わうものが
よい演奏、だったわけです。
これはなにもむずかしいものではなく
あなたが聞いていいと思ったものは
いい音楽だということ、
知識も何もなくてもよいと感じられるのが
よい音楽だということです。
それを指して ただ一言
いいものはいい✨
と語るものだと、そういうことです。
以上から
とりあえず
a) テンポ表記のイタリア語は
聴く人の音楽体験のために整えるべき
体(と心)の状態を示している。
b) 演奏者がaを演奏者が聴く人に
ムリヤリ押し付けることは
できることとは考えないし、
何よりマナーとして、しない。
c) aとbより 押し付けるのではなく
「導く」ために、
今ここで音を聞く人のためのテンポを
毎回、改めて設定する必要がある。
とりあえずここまで考えることで
テンポ設定が数字ではない理由は
理解できるかと思います。
ところで
どんな音楽体験を目指すのか、
どんな形で人を養うものなのか
を知らなければ
今、必要なテンポを決められない
とするのが根拠の4なので
これを理解するために
文化背景を少し
ひもときたいと思います。
長くなるのでここで一旦切ります。

