◆犬猫にアルコール消毒は危険!説の論点

 

とある方に、「犬猫はアルコールが分解できないから消毒に使うの危険なんですよね?」

と言われて

「え?」と驚きました。

 

 

動物病院で普通に、注射するときや超音波エコー検査するときに大活躍しているのがアルコールです。エコー検査するときはプローブという超音波が出る装置をぴったり皮膚に当てて内部の臓器を観察するのですが、被毛があると皮膚とプローブをぴったりつけることが出来ず、内部がみえません。そんなときは犬猫の被毛を刈るかアルコールでしっかり湿らせます。


日本全国の動物病院のスタッフはきっと何の疑問もなく使っています。


ネットで検索すると、「注射の前にアルコール綿花で皮膚を拭いた際、そのアルコールが渇かないうちに皮膚を舐めてしまうことで死に至るケースがあります。」「ワインは甘くておいしいから犬が欲しがるかもしれないけれども、ちょっとでも舐めると死の危険が!」とありました!

であれば、以前ブログにも書いたように次亜塩素酸ナトリウムの方がもっと危険ですね。

 

そもそもの認識が違うのかもしれないです。私の考える論点はふたつ。

 

①化学物質は全て危険!

化学物質は全て過量に摂取すれば命の危険にさらされます。それは塩や水でもそうです。西暦1500年ごろのスイスの医師、パラケルスス(Paracelsus)の名言

「全てのものは毒であり、毒でないものなど存在しない。その服用量こそが毒であるか、そうでないかを決めるのだ。」”All things are poison, and nothing is without poison; the dosage alone makes it so a thing is not a poison."

とあります。下図のように、全ての化学物質は服用量を増やしていくと薬としての効果を発揮し(有効量)、さらに服用量を増やすと有益な作用よりも不都合な作用、いわゆる副作用と呼ばれる作用が強くなり(中毒量)、さらに量を増やすと死に至る(致死量)ことにつながります。

 

画像引用:

 

ですからお酒にはいっているアルコール(エタノール)は、人間にとっても毒なのです。気持ち良くなる美味しい飲み物じゃないのです。

 

急に大量に飲めば命の危険がある一方、 少ない量でも日々長期に摂取すれば、脂肪肝や内分泌障害、また胃腸管全体の機能低下、高血圧やアルコール心筋症の発症を引き起こします。さらには多発性神経炎や運動失調、人格変化など脳神経へのダメージもあると報告されています。咽頭や喉頭、食道がんの発症リスクも高まり、多様な栄養不足を併発します。

 

②これ以上摂取したらヤバいとう「量」は体重換算する

犬猫の体重は成人の10~15分の1程度ですから、単純に考えてそれ以上摂取したらヤバい量も人間の 1/15 でしょうか。あるいはそれ以下かも知れません。このように、犬猫は人間と比べて非常に小さい生き物だということを念頭に置くことが必要です。

そもそも、消毒薬というのは微生物の細胞の殻を壊して死滅させるのですが、我々人間や他の動物の細胞も傷害を受けます。動物は、微生物と比較するとサイズが天文学的な倍率で大きいので命にはかかわらないだけです。

 

 

◆致死量を調べたところ…

 

ちなみに動物病院で使われる消毒用アルコールはエタノールもしくはイソプロパノールです。お酒に入っている成分はエタノールです。(メタノールは猛毒で飲めません!)

 

ということでエタノールに関する毒性を調べました。

アメリカ国立医学図書館 (National Library of Medicine)のサイトChemIDplusで表示されているのが以下です。

LDLo値(動物や人間が死亡したと報告されている物質の最低量のこと)

猫 経口 6.0 g/kg

犬 経口 5.5 g/kg

子供 経口 2.0 g/kg

人間 経口 1.4 g/kg 

この人間の数値は極端な例と考えられるので他の文献をみると 6.0 g/kg  Wvon Oettingen,1943 となっていました。

人間と犬猫で LDLo 値はさほど変わりません。ということは、やはり体重が人間の 1/15 換算で実際にヤバイ量はざっくり掴めますね。子供は 2.0 g/kg での死亡例があり、犬猫よりも危険じゃないですか!

 

エタノール 6.0 g(1 mL = 0.79 g)ですのでビール(アルコール分5%とすると)は体重 1 kgあたり 152 mL飲むと猫・犬・人間が死ぬかもしれない量となり、体重 4kg の小型犬だと 608mL、体重 45kg の大型犬、人間並みの体重の犬だと 6,840 mL って、7リットル近く!これは結構な量だと思うのですが …私はそんなに飲めません。消毒用エタノールだと同様に計算して体重 1kg あたりおよそ 9.5 mL、体重 45 kg だと 427 mL になります。

 

 

◆問題になるのはエタノールとアセトアルデヒド

 

エタノールは、吸収されると人間の体内でアルコールデヒドロゲナーゼによって分解され、毒性の高いアセトアルデヒドという物質に変化します。アセトアルデヒドは、アセトアルデヒドデヒドロゲナーゼによって分解されることで酢酸となり無毒化されます。また、それ以外のルートでもエタノールは代謝されます。

 

ですから、お酒を飲んだときの害は①エタノールと②アセトアルデヒドの2種類あるという事になります。

 

アルコールを体内で分解できないとアルコールの害が全面に出てくるだろうし、アルコールデヒドロゲナーゼの活性が高いと今度はアセトアルデヒドの健康被害が問題になるのでしょう。
 

 

◆もうひとつ大切なのは「個体差」

 

アルコールデヒドロゲナーゼは複数の酵素類の総称であり、これらがさまざまな濃度で肝細胞、腸粘膜、あるいは口腔内や腸管内の細菌に含まれて(産生されて)います。アルコールに強い人と弱い人がいますが、それはこれらの酵素がどこにどれだけあるかの違いです。また、この酵素周囲の他の化学物質の存在状況やその人の健康状態によっても左右されます。 疲れている時、体調の悪い時などにお酒を飲むと、同じ量のアルコールを飲んでも酔いが回るのが早かったり気分が悪くなったり…というご経験はあると思います。

 

つまり、致死量というのはあくまで目安で、そこに個体差、その動物の解毒能力やその日の健康状態によって違うということです。解毒能力には個人差があるので、それで LDLo が極端に低いものがある訳です。

 

 

◆Google先生に訊いてみると、え?という記述が出るわ出るわ…

 

誤:「感染症対策としての手の消毒剤は犬猫にはとても危険!アルコールや塩素系消毒剤による消毒の対象はあくまで人間です。」

→正:アルコールや塩素系消毒剤は人間にも有毒です。

 

誤:「犬は体重 1kg あたり 5~6 mL の摂取によってアルコール中毒を発症します」

→正:犬は体重あたり 5.5 g ≒ 6.9 mL のエタノールの摂取でも死亡報告があります。ちなみに人間でも同様の量での死亡事例が報告されています。

 

「万が一、愛犬がアルコールを摂取してしまった場合、または摂取してしまった可能性がある場合は、「少しだから大丈夫」と安易に考えて放置せず、すぐに対処してください。」

→これは仕方ない表記です。ウェブ上で大丈夫と書いても、責任が持てないので。

 

そして、ネットでみるとどうやら犬猫を「モノ」のように扱って全身にアルコールを吹きかける人がいるようで…それが問題なんですね。ん?その人たちはご自身に対しても全身にアルコールを吹きかけているのかしら?

 

 

◆犬はアルコールを分解する酵素を…持っています!

 

さらに、ネットを調べると、大学の先生(麻酔科の先生)が犬はアルコール分解酵素を持っていないという記事を書いておられました。以下↓


「犬の場合は、犬種や体重、年齢に関係なく、そもそもアルコールを分解する酵素を持っていません。アルコールの量にかかわらず、口にしたアルコールは無毒化されることなく、そのまま急速に胃や腸で吸収されたあと長い時間体の中にとどまることに。結果、脳に影響を与え、心臓や肺、血管、肝臓、腎臓などの機能にも害を及ぼすことになります。」

 

文献を探したのですが、犬猫の肝臓のアルコールデヒドロゲナーゼ酵素の有る無しではなく、犬猫にこの酵素が存在するということ有りきで行った実験の報告がありましたので、間違いなくこの酵素は持っています。また、プロピレングリコールやエチレングリコール中毒の治療では、エタノールを血管内に注射します。プロピレングリコール/エチレングリコールとエタノールは、アルコールデヒドロゲナーゼの酵素を取り合うのです。プロピレングリコール/エチレングリコールは代謝されて毒性の高い代謝物になるので、代謝させずに時間を稼いで尿で排泄させようという作戦です。

Propylene glycol intoxication in a dog.

Claus MA, Jandrey KE, Poppenga RH.J Vet Emerg Crit Care (San Antonio). 2011 Dec;21(6):679-83. doi: 10.1111/j.1476-4431.2011.00688.x.PMID: 22316262

 

2017年にも、オーストラリアでエチレングリコール中毒の猫にウォッカを注射して一命をとりとめたという記事がありました。https://www.mirror.co.uk/news/uk-news/cat-given-emergency-vodka-shot-10135338

 

 

◆アルコールは危険!というサイトは実は

 

ウェットティッシュ/おしりふきに関するこんな記事もありました。↓

 

「不安を解消するためにも「ペットが舐めても安心!」などのコピーが表記されているものを選ぶのが一番ですね。アルコールは、皮膚や粘膜から吸収してしまいます。できるだけノンアルコールの製品を使用する事をおすすめします。」

 

そして結局は自社のノンアルコールの消毒剤やウェットティッシュをお勧めする広告サイトでした。しかし、アルコール以外の消毒液となると、四級アンモニウム塩であるベンザルコニウム塩化物などが使われていることが多く、これは塗布してもすぐに蒸発してしまうエタノールと異なり、塗布したところにいつまでも残留して、且つ、エタノールよりも毒性が強い!というものです。
 

 

◆消毒剤の毒性比較

 

いま話題にのぼっている消毒液、エタノール、イソプロパノール、ベンザルコニウム塩化物、次亜塩素酸ナトリウムの4つの毒性を比較するために「動物種」を同じにして「経口投与」で「LD50」で比較してみました。この4種類を同条件で比較しているデータが、ラットのLD50しか見つけられませんでした。ので、ご了承ください。

 

エタノール 7.06 mg/kg

イソプロパノール 5.05 mg/kg

ベンザルコニウム塩化物 0.024 mg/kg

次亜塩素酸ナトリウム 5.23mg/kg (水溶液/塩素濃度12.5%、オスのラット)

アセトアルデヒド 0.64 mg/kg (皮下注射)

アセトアルデヒド 0.66 mg/kg (経口投与)

 

引用:

 

これはラットが「飲んだ」時のデータですし、濃度もいろいろで一概に言えませんが、ベンザルコニウム塩化物の毒性は抜群に高いというのはわかりますね。

 

 

◆結論

 

まとめますと…

 

① アルコール消毒は危険!は犬猫だけでなく人間もですが、使う量にもよりますし、体重が小さい動物では体重に比例して少量でも危険な量になります。

 

② 消毒剤はどれも細胞に障害を与える化学物質なので、微生物は死滅するし、動物の組織にある細胞もダメージを受けます。ノンアルコールの消毒剤の場合は実はアルコール以上に毒性が高い消毒液かも知れません。