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キャッツブログ

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すっと昔から広告が上手な会社があります。
当然つくり手も担当も宣伝役員だって代替わりしてるはず。
でも、ずっと上手です。

それはオリエン、セレクト上手だからです。
これも企業秘密みたいなもんです。
我々はいろんな会社とお付き合いしてきたので
それぞれの会社のやり方が客観で見えます。

笑っちゃうレベルもあります。
ひとつ言えるのは、
セミナーとかで教わったものは使えません。
秘伝の手法はセミナー^などでは教えませんから。
ヨーロッパロケの帰りついでに打ち上げも兼ねて一泊だけ立ち寄ったパリ。

お客様のVIPも一緒だったので普段は行った事もない
3星レストランを予約してあったが

空港からの渋滞に巻き込まれの予約時間が迫っていた。

VIPはクルーとは別の高級ホテルに滞在予定だし、

当然自分でレストランに向かうなんてことはしないので

我々が迎えに行かなければならない。

 

我々もコーディネータにホテルまで送ってもらい、

慌ててネクタイを締め、接待打ち上げへ。


当然食事の味は抜群だし、その後のカラオケバーも絶好調。

お客様も大満足でホテルに送り届けた。ホテルでも散々飲んで。

朝方、お客様のホテルを後にする
。事件はここから起きた。

 

時間か午前4時ごろだっかと。

夜明け前のパリは東京とは大分勝手が違っていた。

タクシーなんて見当たらない。
それでもなんとかタクシーを探し出し、行く先を。

 

知らない。

 

そう、同行の後輩営業もオレも自分たちのホテルの名前さえ知らなかった。

当然後輩が知ってるものと思い込んでいたオレが甘かった。

覚えていたのは、ルーブルの近くだったこととロビーの雰囲気。

タクシーにそのあたりのホテルを一軒一軒回ってもらうという
間抜けなことに。

パリの町並みは、景観規制が厳しくて建物の色や高さが

美しく統一されている。それがパリの魅力なんだが、

この時ばかりは見分けがつかないので困り果てた。
そして、夜も明けるころ親切なドライバーのおかげでホテルを発見。

パリの夜明けに日仏混合の喜びの雄たけびが響いた。

 

 

 

ひと時、タイでの撮影が業界ではやった。
その最大の理由はコストなんだが、
そこはそれ、いろんなアミューズメントもついてくるというのも大きな理由だったかと。
ただ、それには当然南方特有のリスクもついてくる。

当時日本のロケ隊が多かったおかげで、現場は簡単な日本語が通じた。
「照明は10キロ」なんてふうに。
ただ、それ以外はタイ風なのでほぼまがいものでした。(当時は)
撮影に使うクレーン、カメラと搭載して走るカメラカー、など
当時アメリカ映画のベトナム戦争ものはタイで撮影されていたので
そこで使っていた機材を見よう見真似でコピーしちゃったもの。
なので当然本物と同じパフォーマンスはでない。

そして、ノーポンペン。最初この意味がわからなかった。
彼らにものを頼むとノーとは言わない。
わりと無理っぽいオーダーでもだ。
そのとき彼らは「ノーポンペン」って言う。
現地後では「マイペンライ」英語では「ノープロブレム」
これが混ざって「ノーポンペン」という新語が誕生しているらしい。
沖縄でも「なんくるないさ~」で苦労したけど、
このノーポンペンは絶対に信用してはいけない。

オーダーしたことが出来なくても、間違っていても
笑って「ノーポンペン」だから。

彼らに悪気なんかない。それがタイだから。