こりゃまあなんとも…と苦笑いするような、内容なんですが。

 

100年前の感覚ですからね、いまと違うのは当然です。

 

 

猫好きな昭和の文豪、谷崎潤一郎は猫好きとして知られています。

 

作家と猫というのは、しばしば取り上げられるテーマでして。

 

谷崎が雌猫しか飼わなかったという話を、聞くと。

 

彼の作品を知っていれば、やっぱりなあ…なんて思います。

 

 

 

その谷崎潤一郎が昭和2年、1927年に書いた「猫を飼ふまで」というエッセイがあるのです。

 

いまから96年前ですね。

 

中央公論新社から出版された2015年の全集第13巻(418頁から422頁)に初収録されたものですから、知っている人は少なそう。

 

このエッセイは昭和期の全集完結後に、発見されたらしいんですよ

 

私は日本の小説家の中では谷崎が一番好きでしてね。

 

たびたび読みに、戻ってくるのです。

 

 

わたしの猫好きといふことがたいへん評判になつてしまつた

 

という書き出しから、始まりましてね。

 

それでこういう文章を書くことになったらしいんですけれども。

 

いきなり、こんなのが出てきます。

 

どうも猫ばかりは日本のはいけない。猫はなるべく首が小さく、顔の寸法が詰まつていて、鼻の短いのがいいのである[中略]殊にどら猫や三毛猫といふのは実にきたない。日本人に犬好きの人は大勢あつても猫好きが少いのは、ああいふきたない猫ばかりを見つけてゐるせゐであらうと思ふ。

 

おいおい、なんてことを言い出すんですか。

 

 

「どら猫」(谷崎自身がどらに傍点を振っていいます)をどういう意味で言っているのか、そこはちょっとわかりません。

 

ドラ猫というのは、泥棒猫みたいに人間に迷惑をかける猫のことですよね。

 

話の文脈では三毛猫と並列されて、美しくないと言っているので。

 

なんだか一貫性がなくて、そこだけよくわかりません。

 

トラ猫の間違い?

 

 

「猫はなるべく首が小さく、顔の寸法が詰まつていて、鼻の短いのがいいのである」って。

 

桃ちゃんみたいなのが、彼の好みだったのかな。

 

実際、彼が初めて飼った猫は欧州から来た猫でした。

 

知人に頼み込んで、譲ってもらったものでした。

 

が…

 

方々血だらけに引っ掻かれた挙句、やつとのことで取つて押へたが、家へ連れ来て繋いで置くと、小さくなつて冷蔵庫の下へ這ひ込んだきり、死んだやうになつて動かない[中略]仕方なく紐を解いてやると、忽ちさつと外へ飛び出して逃げてしまつた。「なあに、今に腹が減つて帰つてくるだらう」といつてゐたが[中略]とうとうそれきり泥棒猫になつたらしかつた。

 

つまり、逃げられちゃったってことじゃないですか!

 

 

その次に飼ったのは2匹のシャム猫で、これも谷崎が憧れて譲ってもらったものでした。

 

が、回虫で病気になっていることを理解できず。

 

2匹ともじきに死んでしまうのです。

 

これにはさすがに、谷崎も反省。

 

全くわたしたちの無経験から殺してしまつたやうなものなので、可哀さうなことをしたものではある。

 

 

谷崎、猫を飼うことを諦めません。

 

3度目にはドイツ猫と日本猫の雑種と、イギリス猫を飼うことになりました。

 

それからこつちはたいした失敗もなく、ますます猫が殖えるやうになつた。ひとしきりは3匹の牝が一遍に十三匹も仔を生んで、小さな奴が座敷中をうようよと這ひ廻り、うつかり歩けないやうなことさへあつた。

 

うわあ! そんなに増やしちゃって大丈夫なんですか。

 

このエッセイの9年後に書かれた「猫と庄造と二人のおんな」に出てくる話にね。

 

雌猫の避妊手術は、雄猫の去勢手術と違って難しいからできないな。

 

みたいなくだりが、出てくるんですよ。

 

当時の日本の獣医師の技術では、そういうものだったのでしょうか。

 

 

猫の方が犬よりもよつぽど飼ひ易い……優良な犬は用心しないと盗まれる恐れがあるけれども、猫はどんなに美しいのでもそんな心配は少しもない。見知らない物が近寄ると樹の上へとび上がつてしまふから、勝手に庭に遊ばして置いても大丈夫である。

 

そんなことしてるから、逃げられちゃうんだよーといまなら思いますけどね。

 

猫を完全屋内飼育すべきというのは、近年の日本で主流になった考え方ですから。

 

100年前にそんな考え方がなくても、当然です。

 

私が子供の頃、昭和末期だって猫は家の内外を出入りするのが普通でした。

 

それが当時の猫がいまよりも短命だった一因だろうと、思いますけどね。

 

 

いまの観点から見て、谷崎を断罪しようという気があってこの記事を書いたわけではなくて。

 

100年前の猫好きが持っていた感覚の一端を知れるので、紹介したわけでした。

 

いまこういう文章を公開したら、たちまち「炎上」しそうですよね。

 

当時はどういう受け取られ方をしたのかな。

 

「猫好きはしょうがないなあ」みたいな感じで、受け取られたのかな。

 


 

私が谷崎文学のなかで最も好きなのが、『痴人の愛』です。

 

お読みになられた方であれば、わかるでしょう。

 

あれこそ、猫と人間の関係じゃないですか。

 

 

ねえ?