
ペットロスからの、立ち直り方。
新しい猫を飼うのって、ありですか?

ねこのきもちWebに、そんな話題が
載ってましてね。
ペットロスを乗り越えていけるのも、
また猫なんだって。
やはり愛猫の存在が大きくて、いまだに立ち直ることができないという人も。一方で、時間の経過とともにだんだん和らいできたという人もいれば、新しい猫を家族に迎えたことで、悲しみが癒えてきたという飼い主さんもいました。(愛猫を亡くしてペットロスに。絶望から救い出してくれたのは、やっぱり猫だった、ねこのきもち)

五月が急死したときも。
準を安楽死させたときも。
悲しみに立ち止まることは、私には
許されませんでした。
残された猫たちが、すぐそこに
いたからです。

猫たちには、いつものような私の存在が
不可欠です。
猫は変化を嫌う動物だから、いつものような
生活が一番の幸せだと思う。
普段と違うそぶりを、見せてはいけない。
悲しみよりも、自分のそんな責務の方を
より強く感じていました。

それから一年半。
正直に、はっきりいって。
準は思い出の彼方の存在になってました。
薄情と思われるかも、しれないけど。
忘却こそが、私にとってペットロスを
乗り越える契機でした。

それなのに。
もう一度、準と暮らしたい。
帝を初めて見てからというもの、
そう強く思うようになりました。

似ているんですよ、準と帝。
ハチワレの模様なんて、特にそう。
1ヶ月、悩みました。
1ヶ月後、どうしてもこの子でなければ
いけなかった。

愛猫が亡くなって、そのあとに違うコを飼うということに葛藤する飼い主さんもいます。
“あのコのことを忘れるわけじゃないけれど……でも、あのコには申し訳ない気がしてしまう”
“ほかの猫を飼うと、天国であのコが拗ねてしまうのではないだろうか”
神も仏も必要としない無神論者の私には、
こんな発想はありえませんでした。
私が悩んだのは…
帝に、準の代役を求めてはいないか?
ということ。

大歌手のバーブラ・ストライサンドが、
愛犬のクローンを作ったという。
そういう話が、この春ありましてね。
どうしても、それを意識してしまった。
それは違うんじゃないかと、
ずっと思っていたから。

帝を迎えてみて、やっぱりこの子は
全然準とは違う性格でした。
私はそんな当たり前のことに、むしろ
ホッとしました。
帝は、亡き準の代わりにならなかった。
それで、よかった。

帝は、帝。
この子の個性を、大事にして
あげなければならない。
準二世という名前も一度は考えたけど、
それはやっぱりやめました。
そして、それは正解でした。

それでもね。
今日みたいな光景を見ると、ふっと
思い出してしまうことはあります。
今より少し若い猫たちと準がいた、
2年前の初夏の寝室のことを。