
今から記すことは、手帳のなかだけに留めておこうとも思ったんだけど。なんとなく公開しとく。
昨日かな。怒涛の3days労働を自分で労い、風呂につかって浸ってたときにふと思った。
少なくとも絶対発達障害だった、サイコパスクソ両親の躾、という名の我が身にやられたクソ虐待こそが未だ何かと足枷、諸悪の根源になっている。ってさ。

多分だけど元来の自分は、少なくともうちにいた家族親族のなかでは、精神構造的にバランスとれてた方の人間だったと思う。ただ、加えて、そんなクソだが、それでも親、そんな両親に挙句捨てられたことと、更に両親そして叔母に殺されそうになったことも深い傷となっているんだろう。
基本、家系的に精神的にバランス悪い人が多いんで、遺伝的要因も考えられるけど、後天的な環境に起因してることの方が多いように思う。
ここまで自分と向き合えれば、少しはなにか変わるかもと思ってた。六冊も書いたんだけど。
でもちょっとありんくりんあって、再実感したのは、自分が思うより、多分、想像以上に、根深いってこと。想像力があるのは、アート的に有りだろう。だけどそれまでトラウマにスポイルされれば、悪しき暴走に流れるのはよろしくない。やはり、味噌もクソも一緒にせず、これはもう何度も思ってるんだけど、イマジネーションは創作のときだけ発揮したい。




