子供の頃、二人姉妹の長女だった私は何か(大抵お菓子)を均等に半分にする。という役割を担っていた。
ジョリーと半分こ♫
この歌知ってる人は同年代^ ^
アニメは日本製だけど原作はフランスな作品。映画もフランスで作られてます。
私も妹も食べ物にそれほそ執着をする方ではなかったのでたとえ多少の差があったとしてもそれで喧嘩になった記憶はないけれど(実はあったのかも。。)幼いながらもやはり平等というのは大切だと心得ていたし、執行者の責任として、もし不平等が生じた場合には小さい方を私が取るというのが常でした。
損して得とれと言うのを狙っていたわけではないけれど、それが当たり前だと思っていた。
逆に年長者が良い取り分を回してくれた時はきちんとお礼を言いありがたくいただく。
良い行いも悪い行いも幸運も不運も循環するものなのだから、直ぐに不平等を取り戻すことがなくとも回り回って最終的には(人生スパンで)五分五分になるように思っている。
それが日本的なのか儒教的なのかはわからないけれど、ドムな平等の考え方は全く違う。
彼が9人兄弟だからかフランス人だからかキリスト教徒だからかは分からないけれど、分けるときはきっちり当分する。(フランスでは塊肉とかケーキとか食べる時に切り分けるという作業が多い)
親切にした人が何も返してこないとものすごく損した気分になる。
特に食に関する彼の平等主義はかなりのもの。
基本的にフランスではレストランで頼んだ料理はシェアしないのだけれど、食への好奇心が強い彼は必ず私ときっちりシェアしたがる。(逆に私は一口味見できればいいかなってレベルなので一口で我慢してもらう時も多いけれど)
ワインを注ぐ時も、1ミリも差が出ないように何度も確認して注ぐ。
私がサービスした時、ドムの方が少しでも少なければ直ぐに指摘が入る。(逆に私の方が少ない場合は華麗にスルー。ただのケチともいえる)
日常生活では私はドムほど食べないので彼が多くとればいいだけなのでそれほど気にはならない。
でも、一度だけドムの半分くれくれコールを心底断りたかったことがある。
それはドムが初めて日本を訪れ、関東の親族宅に顔を出しつつ観光をし横浜を経由して実家のある愛知県に帰る時のこと。
夕方の新幹線だったので新横浜のデパートでお弁当を買って車内で食べることにした。
あまりにも選択肢がありすぎて私もドムもかなりの時間をかけて悩みに悩んで選んだのを覚えている。
私は京都ろくせいの手まり寿司弁当
彩も綺麗でバランスもいい女子が好きそうなお弁当。
私の3倍の時間をかけて(日本が初めてだから理解できるけれど)ドムが選んだ弁当は
どこのかは忘れたけれど鶏めしだったかな、天むすだったかな。。。(写真が残ってて驚いた!ボケボケだけど)
彩で選ばないのがフランス人というか茶色が沢山あるビジュアルに魅かれるのが彼らしいというか。。。
チョイスしたもののビジュアルに日仏の違いを感じる^ ^
若干自分の選択を後悔しているのか、私のお弁当を羨ましそうい見つめるドムに
「マグロとエビは二つずつあるから、一こずつあげるよ」
って嫌だったけど提案したら
「いや、全てのお寿司を味わいたいから一個しかないお寿司も半分こしてほしいな。
」
。。。。。
いや、ものすごく嫌なんだけれど。。。。![]()
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でも、初めての日本。美味しいものを沢山食べてほしいし(天使かよ、当時の私!)
で、結局、言われるままに寿司はもちろん野菜に至るまで全てを半分にすることになり、全然食べた気がしなかった。
と、言う話。
今なら買う段階で
「シェアしないから!」
って絶対言う。かな![]()


