『聖人たちの生涯』池田敏雄神父著、中央出版社

四月十五日  聖リドヴィナ

 この世からでぎるだけ災いや苦悩をなくして幸福に生きたいと望むのは人間自然の庸である。しかし現実には「入事をつくして」も必ず入は大なり小なりさまざまの苦しみに出会う。この現実に直面してわたくしたちはどう処すべきか、聖女リドヴィナの、生涯はこの点についてわたくしたちにりっぱな手本を示している。

 聖女リドヴィナは、一二八〇年、オランダのスチエーダム市に生まれた。両親はリドヴィナのほかに八人の男の子を養うため、貧乏暇なしで自由労働者としてけんめいに働いた。リドヴィナは幼いときから聖母マリァを深く崇敬し、使い走りで教会の前を通るときは必ず聖母の絵の前で「天使祝詞」をとなえていた。彼女はその清い心を目にも顔にも反映して、背のすらりとした美しい少女になった。

 十二歳になると、早くもほうぼうから縁談がもち込まれた。しかしリドヴィナはこのときすでに童貞を守り、生涯神に仕える決心を立てていた。そして、けなげにも私欲をおさえて家事を手伝いながら、けんそんにわたしのからだの美しさをお取りくださいませと祈りはじめた。美しさをえさに罪と永遠の減亡に自他を落としいれるくらいなら、むしろみにくい女となって貧者、病者、罪びとの友なるキリストに従うほうがましだと考えたからである。

 その祈りが聞き入れられたのだろう、彼女が十五歳の冬のころ、スケートをしているとき、ころびそうになった友だちの少女がすがりついてきたため、リドヴィナもころんで運悪く筋骨を一本折ってしまった。両親は医者を呼び、手をつくしてみたが、次から次へと病を併発するばかり、いっこうなおるようすはなかった。だんだんからだの中にうみがたまり、虫がわき、全身かさぶたでおおわれ、見るもあわれな姿になってしまった、傷口からうみが出るので板張りの上にじかに寝かされ、来る日も来る日も天井を見つめたまま苦痛にうめいた。背中一面床ずれでちくちく痛み、そのうえ頭痛に襲われ、夜もろくろく眠れなかった。

 病気が長びくにつれて生きるしかばね同然にみんなに見放され、ことに両親の死後は兄嫁からじゃま者扱いにされ、ときにはつばを吐きかけられたリドヴィナはいつ果てるともわからない激しい苦痛に絶望しそうになった。この沈みそうな気持ちを慰め、引き立ててくれたのが、賢明な聴罪司祭ヨハネ・ポント師の指導によるイエズスご受難の黙想だった。

 ポット師はリドヴィナに美しいおとめのころの願望を思い起こさせて「あなたは犠牲の小羊に選ばれたのです。あなたはキリストと共に十字架につけられました。・・・リドヴィナ、あなたは悲しい苦しいキリストを捨てて十字架から逃げるのですか」と説明した。リドヴィナは司察の話が半分しか理解できなかった。それでも己にに負わされた十字架から逃げてはならないと決心した。数日後、ふたたび見舞いに来たポット師を見て、リドヴィナは涙をこぼした。病苦を神にささげようといくら努力しても、あまりに苦痛がひどいものだからー。

 司祭はこのかれんな病人に神につぶやいて、その苦痛をむだにしないよう、人類の悩みと悲しみを背負って十字架につけられたキリスト、うちたたかれ、いばらの冠をかぶせられ、あなどりはずかしめられた十字架上のキリストを仰ぎ見るようにすすめた。この黙想に加えて主の聖体を熱心に拝領しているうちに、リドヴィナの心はキリストのご受難、ご死去などの奥義にいっそうよく目が開けてきた。

 そのときから彼女は「苦しみの人たるイエズス」の手本にならおうと、病床を十字架、薬を海綿に含ませた酢、痛みなくぎづけのようにみなして、これを人びとの霊魂の救いのためにささげた。このように真心からキリストを愛するほどに彼女の生活はいそがしくなった。その英雄的忍耐と柔和は「世の光」となって、「ます」の上に置かれることになったからである。ある婦人は彼女に心配を打ち明けて慰めを受け、ある婦人は絶望のあまり自殺まで思いつめたが、彼女のことばで生きる力を得た。ある仲の悪い夫婦は彼女の仲介で仲直りをした。

 リドヴィナは自分自身苦しみながら訪問客をにこやかに迎えて慰めを与え、自分は動けない病人でありながら、他の病人のために心配した。罪なき者でありながら他の人の罪の償いを背負い、涙ながらに他人のために祈った。そして幾人もの人がその代願で病気をいやされたり、改心の恵みを受けたりした。そのたびに多額の謝礼金をもらったが、必要以外はそれをみんな貧着に施した。

 こうして彼女は苦しみのるつぼの中で不純な自分を清めるほどに「キリストの苦しみにあずかればあずかるほど喜ぶ」(ペトロ前4の13)境地に達した。ここにこそ「災いを転じて福とする」キリスト教的賢明さがあり、成聖のかぎがある。彼女が三十八年もの長いあいだベットにくぎつけられたままで自己を聖化し、多くの人を救ったのも結局は自分の苦しみをキリストのこ受難に合わせるという信仰の精神によるのであろう。

 死期の迫ったある日、天使は彼女にばらの枝を見せて「このきれいなばらをごらんなさい。まだ少しつぼみがあるでしょう。これがみんな咲いたころには、あなたは天国にはいるのです」と言った。このことばのとおり、復活祭から三日め、バラの花のほころんだころ、被女は「苦しみのさかずき」を最後の一滴まで飲み干しながら息を引き取った。不思議にも、その死に顔は一片の苦悩の影すらとどめず、美しく輝いていた。

 

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