尾池和夫の記録(419)京都の地球科学(372)『氷室』2025年4月
京都の地球科学(三七二) 2025年4月号 題5行
中国海城地震から五〇年〈二〉
尾池和夫
一九七五年ごろ、中国では地震予報は四段階で出すという考えであった。一九七四年までに長期予報が出されており、一九七四年には、地殻変動、地震活動、地磁気異常などをもとに、国家地震局が渤海北部地区でかなり大きな地震が一ないし二年以内に起こる可能性があるという情報を組織の幹部に知らせ、耐震化、防災心得、前兆の解説などを実施した。これが地震の中期予報であった。
七四年一二月二〇日、遼寧省革命委員会が市民に対して地震の可能性が高まっているということを公表した。地震の短期応報である。傾斜計のデータが異常に変化したり自然電位の高まりがあったりして短期予報による現地の緊張があり、さらなる傾斜変動の大きな異常、前震、動物や地下水の異常の報告の震央付近での急増、地電流の変化などがあり、いよいよ本番という臨震予報によって住民への避難指示が出された。
厳寒の東北での避難指示は困難である。さまざまな報告があるが、例えば営口県の官屯鎮石硼峪村で地震大隊が住民を広場に集めて映画を上映した。その頃の中国ではテレビもほとんど普及しておらず、市民の娯楽はもっぱら映画であった。広場にスクリーンを貼って映画を上映することによって、厳寒の避難行動が誘導された。二本目の映画が始まった一九時三六分に本震が発生した。この村で家屋の九割が倒壊したが死者は三人だった。しかもこの三人は避難した後、家に戻った家族であった。

極寒の石垣に雲真平ら 飯田龍太
この地震の短期予報と臨震予報の状況をもう少しくわしく紹介する。現地での取材などをもとにしたさらにくわしい紹介は『中国の地震予知』(尾池和夫・NHKブックス・一九七八年)にあり、京都大学リポジトリーに保存されていて、いつでも読むことができる。
一九七四年一二月中旬頃からいくつかの現象が目立って出現した。丹東地区の大衆の予知・予報観測網から、地下水と動物に異常現象が観察されたという報告があいついで出された。冬眠中の蛇が雪の上に出てきて凍死したり、ねずみが群となって現われ、人をみてもぼんやりとしていたり、家畜・鶏にも異常があった。丹東県城東人民公社の孫道意さんは、家の中で一度に二〇匹ものねずみを簡単に手でつかまえたと報告してきた。また、時を同じくして専門家の監視するデータにも急変化が見られた。瀋陽地震台の傾斜計の記録は、北西方向に傾き続けていた岩盤が、突然その傾斜方向をほぼ一八〇度転換したことをはっきりと示した。湯崗子理学治療院の温泉水中のラドン含有率は三○パーセント近く増加した。
緊急討論会が開かれ、一二月二〇日に短期予報の意見が出された。それは、遼寧省南部にマグチュード五程度の地震が発生する可能性を指摘するものだった。地域は広く時期も明確ではなかった。この頃、まだ省の地震関係の機構も完全には機能していなかったので、このような判断や、予報の試みが各所でいくつかなされた。これらには問題点も多かった。二〇日の予報意見に対して、実際二二日には遼寧省海城県の北七○キロメートルの遼陽と本溪の間にマグニチュード四・八の地震が発生した。この予報は当ったといえるが、ある村では自分達のデータをもとに二八日にも予報を公表し、避難までした。しかし、地震は起らなかった。このように、大地震が近く発生しそうだという緊張したふん囲気の中で、試行錯誤が行われていた。
一二月二二日に起った遼陽のマグニチュード四・八の地震を、国家地震局と遼寧省委員会とは非常に重要視した。省の革命委員会(その頃の中国ではこれが役所に相当する)は緊急電話で各地に対して、緊急予防処置をとるよう通達を出し、「大地震、昼の地震、夜の地震に対して常に準備し、気をゆるめないよう」と指示した。そして、一月四日緊急の防災会議を開き、地震防災と救急活動のための任務分担と動員の計画をたてた。会議の後、各地では地震知識が、特に震災防止の面に重点をおいて宣伝された。この教育は各世帯にまで理解されるよう、かなり徹底して実施された。
各地の都市・農村・工場・鉱山などにおいて、その土地の事情に応じた防災処置の方法が制定された。省革命委員会の指示で、一部の鉱山や熔鉱炉や人口密度の高い居住区については、地震防災の演習が実施された。重要なダム・鉱山・工場・港・危険な建物などの点検と補強工事が進められた。一月上旬には、ダム・鉄道・電力・大きな建築物・有毒ガスなどの危険物のある所に対して防災処置が決まった。
予知・予報のための仕事もさらに強化されていた。例えば、遼寧省冶金地質調查公司一〇二大隊には、国の指令で地電流の観測グループができ、一月四日に計器をおき七日から観測をはじめた。 金属鉱床を探す仕事を専門とするこの大隊にとって、電気探査法を応用した観測は得意とするところだった。中国の大衆観測といっても、このような本業の技術を応用し、余暇を利用した協力による「業余観測」の質はよい。この一〇二隊業余観測点のデータも、臨震予報に大きく貢献することとなった。
電流の枯蟷螂に走りけり 奥坂まや