尾池和夫の記録(420)京都の地球科学(373)『氷室』2025年5月

  京都の地球科学(三七三)    2025年5月号 題5行

   中国海城地震から五〇年〈三〉
                       尾池和夫

 一九七五年一月の中旬、国家地震局は全国地震状況討論会議を召集した。東北地域の各種異常現象を総合的に分析して、また、華北及び渤海地域の地震活動の背景を考え合わせて、「遼寧省営口・金県一帯及び丹東地区には、今年上半期にマグニチュード五・五~六の地震が発生する可能性がある」という予報意見を出した。予報の内容は地域の範囲を更に縮小し、時期を限定するものになった。
 この判断のもとになった現象は次のようである。
 動物と井戸水の観察によって報告された異常現象が、遼陽・本溪・鞍山・営口・錦州及び旅大地区に分布していた。動物の異常は蛇・ねずみ・にわとり・豚などの他にも意鳥・あびる・鳥・魚・馬・牛・羊・犬・兎・猫・虎・鹿など二十余種について報告された。異常の内容は、驚きぼんやりする、驚いて逃げる、狂ったように吠える、食物を食べない、などであった。井戸水の上昇・ 下降も目立っていた。当時の八一の井戸の観測のうち五五パーセントは上昇、一五パーセントは下降を示した。また三○パーセントには色が変ったり泡が立ったりする現象があった。数か所では地下水が湧き出る現象もみつかった。
 金県の短測線水準のデータは、一九七四年九月以来続いていた変化が、ゆるやかになり、岩石破壊実験の時の変形との対応から、いつ地震が起ってもよい状態である、と推定させるものだった。
 一九七四年の小地震の分布から、金県―営口一帯は異常に地震活動の少ない空白城となっていた。
 大地震はいつ発生しても不思議ではない、という認識のもとに、大衆に対する宣伝教育も徹底的に行われた。遼寧省に生まれ育った大衆は、大地震の経験を持っていなかった。大衆に対する教育は大体三段階に分けて行われた。一、地震はなぜ起るか、二、地震の前兆はどのように出現するか、三、地震発生に備えてどのような処置をとればよいか。教育の手段として、映画・展覧会・パネル展示・ポスター・スライド・パンフレットなどを使った。
  山眠る地震観測計を秘め          神蔵 器
 鞍山市海城県にある牌楼人民公社の村である丁家溝大隊のま下には、やがて大地震が発生しようとしていた。一五〇余世帯ほどの集落であるこの大隊でも、大衆に対する教育が行われていた。一部の老人たちは、自らの経験によって、大地震は起らないと主張した。地震は知っているが、せいぜい、茶わんやはしがおたがいにぶつかり合う程度のゆれだといった。壁新聞を張り会議を重ねて、大衆の自覚を高める努力が根気よく続けられた。やがて大隊の中に抗震防震指揮部が設置され、それぞれの居住区に連絡員をおいた。また一一の学習グループが出来て、彼らは進んで異常現象の観察を始めた。
 震源地に近い都市部の一つで二四〇万の人口を持つ営口市の西市区向陽公社陽光街でも、都市部の環境に応じた対策がたてられ実施された。一月中旬、この街でも大衆に対する教育が進められていた。その頃、大衆の反応には二つの種類があった。一つは、自分の経験から、ちょっとゆれるだけで、たいしたことはない、予報はまちがっているからさわぐことはない、というもの。もう一つは、地震を非常にこわがり、天も落ち地も裂け、誰も災害をのがれることはできない、というものだった。ある人は、毎日ご馳走を食べて大酒を飲み、財産をすべて使おうとした。街の幹部たちは夜間学校を開いて授業をし、あらゆる手段を使って知識を広めた。少しずつ大衆は理解を深め、やたらとこわがっても逆に油断しすぎてもいけない、準備すれば災害には打ち勝つことができるという認識を持つようになった。
 このように教育を進めながら陽光街の全地域を調査し、六七軒の危険な建物に印をつけ、老人・ 病人・身体障害者三○人と妊婦六人をみつけ、それぞれに対して責任者を決めた。避難場所の指定をし、連絡系統を定めた。
 第四段階は、大地震発生の直前現象を捉え、臨震予報を出し、避難するための最終段階である。
 全国会議の結論にもとづく遼寧省革命委員会の指示によって、省の地震弁公室は、一月二八日に當口・盤錦・旅大・丹東などの地区の地震弁公室及び地震台・地震ステーションの責任者を召集して緊急会議を開いた。この会議によってひきつづき大衆の中に深く入り、大衆をたち上らせ、地震の知識と防災の知識を宣伝し、各世帯に理解を徹底させるよう、また観測の仕事を一層強め、各機関・工場・鉱山・都市・農村の防災処置を確実に実施するように、という指示が出された。
 いくたびとなく開かれた会議や任務分担の決定、各種の宣伝教育の効果が次第にあらわれ、地震事業に対する大衆の認識が深まり、警戒心が高められた。大地震の予知・予報と予防に対して大衆は積極的に参加し協力するようになり、各種の異常現象をみつけると、即刻、専門家のいる地震台 ・地震ステーションや、地震弁公室へ報告が集まるようになった。
 一月三〇日から、瀋陽地震台の傾斜計の記録は、傾斜変動の方向が南東方向から急激に南西方向へ変化し始めたことを示していた。三一日、瀋陽地震台の討論会では、「遼陽地区にマグニチュード五または金県―蓋県地区にマグニチュード六の地震が近々発生する可能性がある」という意見をまとめ、省に提出した。
  ものの音沈めて深き寒の闇         飯田蛇笏