尾池和夫の記録(421)京都の地球科学(374)『氷室』2025年6月

  京都の地球科学(三七四)    2025年六月号 題5行

   中国海城地震から五〇年〈四〉
                       尾池和夫

 海城地震(マグニチュード七・三)は五〇年前、一九七五年二月四日、現地時刻一九時三六分に発生した。発生までの地震予報の経過を、『中国の地震予知』(尾池和夫、NHKブックス、一九七八)から引き写しながら紹介している。今回はいよいよ大地震が起こる直前の、中国遼寧省震源地となった営口・海城地域一帯での様子である。
  初蝶に出遇ふ予感の旅二日         宮坂静生
 二月に入って、観察による各種の異常現象の報告がさらに急増した。いろいろの種類の動物異常が、ますます増加し続けた。鞍山市の鹿飼育場にいる鹿が、小屋の中でおどろいた様子でとび上ったり、むやみに走りまわったり、柵にぶつかったりした。その中の三歳の梅花鹿(褐色の毛に白い斑点のある鹿)は小屋の柵を飛び越えようとして、ついに足を折ってしまった。
 営口・海城一帯では、井戸水の異常の報告がやはり増え続けていた。すでに専門家が観察を続けていたいくつかの井戸についても同じだった。例えば盤錦のいくつかの井戸には、水位の上昇する現象が主に見られた。ついに二つの井戸では水が噴き出した。逆に湯崗子の噴き出していた温泉では、三回にわたって湯が出なくなるという現象があった。岫岩県哨子河人民公社では、池の水にガスが混じり、表面の氷を破って噴水のように噴き出した。
 営口地震台の地電流の記録は二月二日から急変化を示し、一月初めから観測を続けていた地質調査公司一〇二隊の地電流の記録は今までゆるやかに増加していたが、二日から急激に減少し始めた。同じく虎庄郵便電話支局の大衆観測点のデータにも大きな異常変化が現われた。瀋陽地震台の傾斜計の動きも激しかった。
  むささびの巣穴有感地震百         宮坂静生
 専門家の目にもっとも目立っていたことがあった。二月一日から営口地震台の高感度地震計が、約二〇キロメートル離れた地点に微小地震が発生しはじめたことを示していた。過去の記録にはほとんど見られなかった新しい活動であり、二月一日には一回、二日には七回と増加した。三日の朝、一度この活動はおさまるかに見えたが、午後になって、今度は大変ないきおいで増えはじめ、夕方には一時間当り二〇回の頻度に達した。営口地震台は周囲の大衆観測点のデータの分析結果と微小地震活動の様子とから、近日中に大地震が地元に発生する可能性がある、という意見を省の地震弁公室と市の革命委員会とに提出した。
 遼寧省地震弁公室には各地から次々と報告が入っていた。二月三日の夜、省地震弁公室では、各地からの報告をもとに真剣な討論が行われた。二月四日○時三〇分、「海城・営口地区の微小地震活動の後には、比較的大きな地震が発生する可能性がある」という予知意見を省革命委員会に報告し、異常現象の観測状況を説明した。
 二月四日午前一○時、地震弁公室からの意見にもとづいて判断を下した遼寧省革命委員会は、臨震警報を全省に対して知らせ、防災指令を出した。鞍山市・営口市を中心に具体的な防災指令を出し、緊急電話で通知した。 午後二時には、省の地震弁公室は海城県へ移動し、そこで防災会議を開いて、営口・海城の責任者に直接の指示を伝え、防災対策を具体的に検討した。
 四日の午前、微小地震は増え続けていたが、一つ一つの地震の規模も大きくなり、マグニチュード四・七および四・二の有感地震が発生した。この活動は午前中ピークとなった後、急激に減少しはじめ、一二時すぎには異常に少なくなった。まるで嵐の前の静けさであった。

 


 午前一〇時に知らせを受けて、鞍山・海城・営口を主とする各地では、その地域の革命委員会が中心となって、緊急会議が開かれていた。鞍山市海城県牌楼人民公社の丁家溝大隊では、大衆の予知グループの観察がずっと続けられていたが、午後になって井戸水は濁り、アヒルが一〇〇メートルほどの距離を飛んでいくのを観察した。上からの指令を受けて、幹部を中心に緊急会議を開き、「人は家から離れ、家畜は小屋から離す」よう決定した。大隊の責任者たちは手わけして各家庭を回り避難するよう伝えた。一軒一軒回った結果、八二歳と九三歳の二人の老人がいこじに大地震など起るわけがないといって、家を離れないという報告があった。村の人々はこの二人の老人のためにも避難小屋を作り、幹部たちは一生懸命説得を続けた。午後四時頃この二人の老人たちもようやく腰を上げて家から離れた。
 この丁家溝大隊の近くにマグネサイトの鉱山があり三八○○人の従業員が働いている。工場の近くには家族とともに一万人の人々の住居もある。この鉱山町でも同じように避難準備がなされた。 生産を止めることはないように、人命は守るように対策が考えられていた。居住区では、各家庭を回って避難の様子が確認された。ここでは、ただ一人の老婆が、最後までがんこに自分の意志をとおして、避難しなかった。
 地質一〇二隊の観測点では、地電流観測のメータは三日以来、測定不能になるほど振りきれていた。大地震は近いと肌で感じながら彼らは上からの指令を受けとり、すぐに防災処置をとった。