夫の存在意義を問うブログ -3ページ目

夫の存在意義を問うブログ

サイテーな妻ですみません☆

 38週の某日。

 猛烈な台風が近づいていて、

「低気圧の時に産気付くこと多いみたいだよ~。」

 なんて、科学的根拠のないことを母や姉と和気あいあいと話してた。
(一人目出産の時は、分娩室に月齢カレンダーが掛けてあり、その日が新月であることを知った三日月


 ……で、その晩に産気づいたとさニヤニヤ




ビーグル犬しっぽビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬あたま



1時40分 
 目が覚めてトイレで用をたしたら少量の鮮血あり。

 
2時00分 
 5分間隔の張り。軽い生理痛くらい。
 これからお産が始まるのかなー、と思うとドキドキして眠れず。


3時15分 
 相変わらず5分間隔の張り。お産になるかどうか確信できないけど、とりあえず病院に電話。
 →入院の準備して来院するように指示された。


4時00分
 タクシーで病院に到着。


4時20分
 NST装着。内診で子宮口3cm。


5時00分
 「お産になるか分からないけど、タクシーで行き帰りは大変だから朝まで様子みて入院するかどうか決める?」
 と言われ、行ったり来たりしなくて良くなったのでほっとするにやり
 (一人目は進行が早かったことを必死にアピールした。一旦帰宅しての墜落分娩が心配。二人目だし。)
 ひとまず陣痛室へ移動。


6時頃
 6分間隔で強い腹痛。これは陣痛だと確信。


7時20分
 NST装着。子宮口4cm。→このまま入院決定。
 看護師さん(助産師さん?)に
「朝ごはんを食べるか、無痛処置するか」
 の二択を提示され、迷わず無痛処置を希望。
 だって痛いんだもん。

 夫にラインで入院になったことを連絡。


7時55分
 LD室へ移動。


8時10分 
 硬膜外チューブ(無痛分娩のための麻酔を入れる管)を留置する処置。
 背中に麻酔する時は少し痛かったけど、本番の管は一発で入りあまり痛くなかった。
 陣痛が来てる時には先生が処置の手を止めてくれるので助かった。
 処置時間は10分くらい?
 あっけなく終わり、陣痛に長いこと耐えるのに比べれば楽な処置だった。(医師の腕が良かったのかな?デレデレ


0920 麻酔①
 硬膜外チューブを入れた直後にテストで麻酔を入れて、たぶん麻酔は少量だったと思うんだけど暫く痛みは和らいでいた。
 しかし、徐々に痛みが増したので麻酔を入れてもらう。
 直後、背中がすーっと冷たい感じがして、暫くすると両足がジンジン痺れた感じになる。
 麻酔は20分くらいで効くと説明されたけど、麻酔して数分で陣痛は感じなくなる。
 NSTはずっと装着しているけれど、陣痛をきちんとひろってなさそう(陣痛のグラフ?がずっと平らで山がない)。

 麻酔は自分のタイミングで追加をリクエストできるみたいだけど、何分毎に追加できるとかは看護師さんからは教えられず(産後の入院中に他の産後ママから聞いた話では、一時間開ければ麻酔を追加してもらえるらしい)。


11時30分 麻酔②
 2時間弱くらいで麻酔が切れて痛くなってくる。陣痛間隔はおそらく5~6分毎。
 なるべく我慢して、麻酔追加をリクエスト。看護師さんが薬剤を棚から出して背中の管に注入してくれる。
 数分後に痛みがなくなる。

 暇なのでスマホでブログを読んだり、ネットをしながら過ごす。

 LD室には大画面のモニターがあって、海とか山とかきれいな町並みとかの癒し画像が流れているが全く興味ナシ。

 くだらないお笑いとかバラエティー番組とか流してくれれば良いのになー。

 暇なのでちょこちょこ仮眠する。

 夫が実家に到着したらしいが、まだLD 室に入れないので実家で待機してもらう。
 

13時 内診、導尿
 看護師さんに内診してもらい(4時間ぶりくらい?)
「まだまだだね~」
 と言われる。
 陣痛間隔が自分で分からないため、お産が進行しているのかどうか実感できず。
 促進剤は原則的に休日は投与しないとのこと(この日は休日)。このままLD室で一人夜を過ごすのかと不安になる(痛みがないのは良いが、暇で暇で。ネットサーフィンもいい加減飽きた。)


13時30分 麻酔③
 やっぱり2時弱で麻酔が切れはじめる。
 陣痛間隔は5分くらい?


14時10分 内診
 子宮口9cmで生まれそうだから夫に向かって貰うようにと指示される。
 「あれ?一時間前にはまだまだって言われたケド?真顔
 と思いながら夫へ連絡。

14時20分 麻酔④
 生まれる時は痛いから、と看護師さんの判断で麻酔を追加。

 看護師さんの合図に合わせて腹式呼吸の練習。


15時
 夫が到着、LD室に入室。
 頭にキャップして割烹着みたいなガウンを来てる姿が見慣れなくてちょっと笑えた。


15時10分
 何度かいきんで赤ちゃんが出てくる。
 陣痛もないし、会陰切開も縫合も痛くなくて不思議な感じ。

 お腹の上に防水シートをひいて、その上に生まれたてホヤホヤの赤ちゃんを乗せてもらう。
 まだ羊水がついてるけと顔や背中を撫でる。

 二人目ができなくて辛かったなー。不妊治療して頑張って良かったなー。と今までこことを思い出す。

 その後赤ちゃんはきれいにしてもらったり、身長体重を計ったりした後、LD室に連れてこられて夫と三人で過ごす。

 分娩後二時間ぐらいしてから病室へ移動。
 夫は実家へ。
 台風が近づいているので実母と娘は翌日に赤ちゃんを見に来ることになった。

 その後は母子別室で翌朝までゆっくり休んだ。

 麻酔がきれたら腰が痛くて寝返りも一苦労。

 しかし一晩、母子別室でゆっくり過ごせたのは良かった。


~③に続く~
 
 2回目の出産である今回、無痛分娩を選択しました。


 結果として

無痛分娩サイコー\(゚∀゚)/アヒャ

 な気分だったので、レポさせて頂きます。





 ……の前に1回目の出産について。


 1人目はですね、地方の総合病院で産みました。

 無痛分娩はやってない病院だったけど、総合病院という安心感と自宅から車で10分という利便性で決めました。

 (田舎住まいなので、上差しの総合病院の次に自宅から近い分娩できる病院まで車で40~50分。)

 医師も看護師も親切で良い病院でしたラブラブ




 ……が、


 陣痛の最中

 『やっぱり無痛分娩にしておけば良かったー笑い泣き

 と思っていた記憶が強く残っています。

 陣痛の痛みは正直あまり覚えてないのだけどね、、、(人間、陣痛の辛さは忘れるようにできてると思う。)



 なので、今回は迷うことなく



 子連れ里帰り

   &

 実家近くの産院で無痛分娩左差し好都合にも実家近くに無痛分娩推奨の産院をみつけた。)



 にしました。


~無痛分娩②に続く~
 予定日より早く38週2日、2475gの女の子を出産しました。
 小粒ながらも産後の経過は順調で、産後4日目に母子そろって退院しました。

 赤ちゃんが生まれた瞬間、今までの不妊治療のことが走馬灯のように頭を巡り涙をこぼしました。

 なんだかんだ忙しくて妊娠記録は残せませんでしたが、無事に産まれるまでが不妊治療だと思っているので、無事に産まれたことをご報告させて頂きます。


 今回、自然陣痛から無痛分娩だったので、落ち着いたら出産レポをしたいと思います。

 
 
2017年5月 不妊治療専門クリニックに通院開始。 → 精子無力症が発覚
      AMH 4.12(年齢相応)
   7月 採卵①(ショート法)
      ふりかけ3個→受精せず全滅
      顕微授精7個→5個受精→胚盤胞3個凍結
   8月 移植①(ホルモン補充、胚盤胞1個) →陰性
   11月 移植②(クロミッド内服自然周期、胚盤胞1個) →陰性 
   12月 移植③(ホルモン補充周期) →融解中に変性して移植中止
2018年1月 採卵②(アンタゴニスト法)
      顕微授精11個 → 受精8個 → 新胚移植(4日目桑実胚2個) + 胚盤胞1個凍結
    2月  →陽性判定
 
 
 メッセージボードからこっちに転記。
 
 無事に二人目が生まれたら、おうち作りのブログにしようかな。
(3歳育児&妊婦生活をエレベーターなしアパートの3階で送るのは辛いおチーン


 

 どのような境遇にあっても、せめて高校卒業程度までは無条件に勉強の場が提供される国になって欲しいなぁ。

 

 中高生のうちに妊娠・出産も良いと思うのよ。

 

 例えば、16歳で出産したとして、3年間くらい休学しても、19歳。

 

 日中は保育園に預けて(待機児童問題はおいといて)、十分勉強する時間は確保できると思うなぁ。

(もちろん、本人にそれなりの覚悟が必要だけどね。)

 

 親が勉強する姿を子供に見せるのも大事。

 

 

 

 

 ただ、それを実現するためには、まっとうな大人のサポートが不可欠で。

 

 勉学の機会を提供しなきゃいけない教員が、妊娠を理由に退学を勧めるなんてあってはならない。

 

 

 多様な生き方が認められる世の中になれば良いなぁ。