輸入された毛織物の総 | 激安ブランド市場のブログ

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では、羊毛モスリンはどのくらいの価格だったのだろうか?ー末端の小売価格の平均値を割り出すのは極めて難しい作業である。それよりも、明治初期に輸入された毛織物の数量と価格の一覧表から、一平方ヤード当たりの単価を割り出した方が判り易い。東洋経済新報社編【日本貿易精覧】の中にある輸入毛織物一覧表の中から、「毛織ラシャ」と「モスリン」の二つを取り出して比較して見よう。(左表)

離ざわり快く、美しく高貴な「羊毛モスリン」が、何故そんなに歓迎されたのであろう?ーそれは、日本人の趣向にピッ夕リと合い、日本の風土にも適合している、という特質のほかに、その価格が驚くほど廉かった、という利点が挙げられる。ーしかし、安いといっても、舶来品を購入できてそれを身につけられる階層は、初期のうちは、やはり上流に限られていた。

この表の対比で判るように、明治初年から十五年ごろまで、モスリンの輸入量は毛織ラシャの輸入量のほぼ一一倍前後を占めており、明治十六年以降は、更に急上昇して六?六倍から、多いとき(明治十七年)には三十八倍の比率になっている。毛織ラシャとモスリンの夫々の、一平方ヤード当たりの単価を割り出してみると左の表のようになる。

この、しなやかで薄く滑らかな「羊毛のモスリン」は、絹に対して高い評価の心情を抱いている日本人には、絹に近い感触を与えたようで、古くは、これを(麟縮緬」とか「縮緬ゴロ」とかと呼んで広く使われるようになっていって、「モスリン」として輸入され始めた明治前期から中期にかけては、その需要は、輸入された毛織物の総数量の半分を越すことさえあるほどだった。