シェリー樽の授業でも触れる
スペインのフランコ独裁時代。

このフランコ政権が容認した
ゲルニカの爆撃(1937年)は
世界に大きな衝撃を与えました。

この影響で世界でスペインへの不買運動が起き
シェリー酒産業も大きく衰退…
多くの酒蔵が閉鎖を余儀なくされました。

1950年代にシェリー酒産業が復活し始めると
英国への輸出も再開、増加します。
(この時代に今よく知られるマスコットも誕生)

この時に英国に行っていた樽のほぼ全ては
ソレラ熟成に使われていたシェリー樽。

物やお金がない時代に
わざわざコストをかけて
輸送用の樽など作る余裕はありません。

そして皮肉にも
意図せず熟成したシェリー酒や
劣化してPXやコロールで調整されたシェリー酒が
多く渡たり新たな評価を受けます。

こうした時代背景故に60-70年代の
シェリー樽熟成のウイスキーには
濃いものが多いのです。

こうしてシェリー酒産業は復活。
60年代後半から70年代にかけて近代化が起き
シェリー酒自体は次第に
ライト化時代へ移っていったのです。