$Sherry Museum館長[中瀬航也]のオフィシャル・ブログ-sherry
<少なくとも1922年以前から熟成を続けているシェリー樽>

先日とある方がブログ/ツイッターに挙げられていた
「シェリー樽熟成モルトにみられる硫黄臭に関する考察」に関して、
ソースがあるのでしょうか?と教えて頂いたのが下記の文章。

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硫黄化合物を含む化合物は独特の硫黄様の匂いを発することが多い・・・
茹卵やひどい場合は腐った卵、我々日本人に馴染みの深い硫黄泉の温泉や、
ねぎ、乾燥酵母の匂いなどもこのグループにはいる。
醗酵由来の硫黄化合物は、蒸溜工程での銅との反応や、
熟成中に酸化してほとんど除去される。

以前は、シェリー・ウッドで熟成したモルトの中に
強い硫黄様の匂いを発するものがあったが、
これはシェリーを詰める前の新樽をシェリーの醗酵に使用し、
醗酵後の樽の殺菌に樽の中で硫黄を燃やしたのが原因である。
今はウイスキー用のシェリー樽は、
シェリーを詰める前の醗酵を行なわないものが多いので、
シェリー樽由来の硫黄臭はほとんどなくなった。
硫黄様はマイナスの要素もあるが、
ウイスキーの香味に複雑性や厚みを付与しているプラス面もある。
バランタインのWebより
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そこで、改めて思う所がありましたのでブログにすることにしました。

シェリー・サイドから見て疑問なのは下記の部分。

>シェリー・ウッド…に強い硫黄様の匂いを発するものがあったが
>これはシェリーを詰める前の新樽をシェリーの醗酵に使用し、
>醗酵後の樽の殺菌に樽の中で硫黄を燃やしたのが原因である。

まず、シェリーは新樽を用いますが、
いきなりシェリーを入れることはないはずです。

モステアード/エンビナードという
樽内アルコール発酵(温度無調整)を経て初めて用いられます。
その際の果汁/発酵液は飲まれることはなく棄てられます。

こう書くと、新樽をこさえる度に大変…
というイメージにも取れますが、

そもそもこの200-300年シェリーは
その殆どがソレラ・システム(何年も樽を使い続ける)なので、
新たに新樽を造る機会はさほど多くはありません。

先日来日したイダルゴ社のフェルナンド曰く、
「そもそもシェリーの樽は20-80年使えるものが多く、
僕は子供の頃から蔵に出入り、今は働いているが、
自分の蔵では一度も新樽を見たことが無い…」
と言っていたのは印象的でした。

だからと言って、樽が外へ出ることがないわけではなく、
シェリーでもう使えない樽は、むしろ輸送用に好まれて
使われてきました…

また第一次世界戦争以前1000社あったとされる蔵元は
2012年現在、80社を切るほど減少傾向にあり、
樽自体も長期熟成に絶えますし、蔵の数の減少によって
むしろ買収した側の樽の数は増えることの方が多いので、
新樽を造る必要自体、シェリーにはさほどないのです。

>今はウイスキー用のシェリー樽は、
>シェリーを詰める前の醗酵を行なわないものが多いので、
>シェリー樽由来の硫黄臭はほとんどなくなった。

これは、僕的にはちょっと疑問な解説です・・・
恐らく、M社などが積極的に行ってきたとされる、

スペインで新樽購入(スパニッシュ・オーク)
⇒シェリー会社に預けてシーズニング
⇒数年後に回収
⇒ニューポット投入
⇒熟成…

のことだと思いますが、
これは「伝統的なシェリー樽熟成」とは全くの別物だと思います。

スコットランドのDrマクドウォール氏が書き
当時コールドベックにいらした田中稔子さんが訳した
「The Whiskies of Scotland」にこんな文があります。

p164-「ウィリアム・サーンダーソンのノートより-
…シェリー樽でねかせたウイスキーは新しい樽に入れたものよりも
短期に甘美な柔らかさを帯びることは周知の事実である。
実際、新しい樽に入れたウイスキーは円熟されなければ、
その道の通ならば直ちに指摘できる木臭がある。
シェリー樽ではスピリッツは頃合いの良いほんのりとした色彩を帯びる…」
(1864年に書かれた文)

ここから解るのは、古くから知られるている通り
スコッチにはシェリー樽が伝統的に用いられている点、
そして、それが好まれていた点、
加えて、シェリー樽には新らしい樽のような木臭がないという点、

で、これを踏まえてシェリーの歴史的観点から樽に焦点を中ててみると、

・シェリー酒自体、まず新樽の樽処理を経なければ、
いいシェリー酒を造ることは出来ない。

・フィノやマンサニージャを造るには
ドライオロロソに使った古樽でなければ出来ない。

・19世紀後半以降に流行るのはフィノ系で、
それが最高だったからフィノ(ファイン)と呼んだ。

・フィノは出荷が早く経済効率が良いので
フィノを造ることに精力的になった。

・ドライオロロソはフィノを造る前提として造る必要があり、
それには樽内発酵が必須だった。

・樽内発酵により樽(木)由来のシェリーに好ましくない匂い等は
除去出来るし必要だった。

・フィノにある程度使われた樽は、
他の中身(オロロソなど)を入れて輸出用に用いられた。

・PX,ME,コロール、一部のミディアムは
フィノに使えないのでそのまま輸出されていた。

つまり、いずれにせよ中身の違いはさておき、
輸出されていた樽の多くがシェリーそのものが長く入っていた樽、
すなわち古樽であり、
上記で指摘されている木臭は、もはや無い物だったはずです。

故、まず、新樽を預けて発酵もさせずシェリーをシーズニングとして詰め、
ウイスキーに使う自体はいいとしても/現在の事実・習慣だとしても、
まずそのシーズニングに使われたシェリーはシェリーとは呼べないですし、
新樽にシェリーとされるものを入れて、たかだか3年寝かせても、
歴史的に、またサンダーソンが愛でたシェリー樽とは別物だろうと思います。

同書の熟成や樽の項(234p)で
「バーボン樽よりシェリー樽がいい」と、
「北米産アメリカン・オークがいい」としていながら、
最近(1983年著)ではと、
「スパニッシュ・オーク」に関して述べているのは、
英国がECに加盟し、数年後にスペインのEC加盟が予想される中、
もし、加盟が実現したら樽に入ったままのシェリー酒出荷も
空樽の確保が見込めないとの予想から、
早くもM社では英国EC加盟年の1973年から、
新樽の確保・貸出・回収等々の動きが生まれ、
結果(熟成)が早く、安価(材料)な部分が
ウイスキー・サイドにとって好都合だったと考えられ、
この70年代以降から、歴史的なシェリー樽とシェリー樽熟成の概念、
及び、シェリーそのものに対する印象が変化したのだと思います。

自身では1973年以降に登場した
スパニッシュ・オーク熟成モルトとされるものも飲んできていますし、
決して嫌いでもないのですが、
問題は、この歴史的転換期に起きたことが伝わっていない上で、
その転換期以前の商品と、転換後の商品が混在していること。

また、それらが、シェリー・サイドの情報を抜きに語られ、
解釈されているという点だと思うんですね…

ま、これはお互い様で、
ウイスキーのプロではない僕にも逆に同様の事が言えるのですが、
少なくとも、シェリー・ファン層の少なさと研究者の少なさから
正しいか、間違っているかは別として(それはまだ誰にも解らないと思います)
シェリー・サイドからの情報や解釈が少な過ぎると思うので、
こうしてブログとして書いてみることにしました。

と、個人的には硫黄臭の多いものは
60-70年代蒸留のシェリー樽ウイスキーに顕著に見られる傾向だと思いますが、
この時代はシェリー界の暗黒時代である1940-1950年代に
過熟成(意図しないという意味で)、もしくは劣化したシェリーが大量に存在し、
その樽を使わざるを得なかった蒸留所、貯蔵所の都合であったのではと推察します。
つまり樽の殺菌が必要だったような…あくまでも私見ですが。

と、それまでブレンデット用が主体だったモルトが単独で出荷されるようになり、
またボトラーズの登場によって単一の樽で出てきたから目立つようになったのでは?
とも思うのですが、モルト飲みの方々はどうとらえているのでしょうか?

いずれにせよ、ウイスキーにせよシェリーにせよ
時代時代によって味や流行り、概念や好みも変化するのでしょうね…

故、シェリー酒そのものと
シェリー樽熟成に見られる硫黄臭は結果的関連があるものの、
全く別に考えるべきだと思うんですね・・・

いつもながら取りとめなく書いてしまいましたが、
僕が個人的に訴えたいのは、シェリー酒そのものにもっと興味を示して、
プロの方々がもっと各自で検証して頂きたいと切に願っていますということです。

最後に・・・
今後、スコットランドの蒸留所やボトラーズの貯蔵庫を訪れる予定のある方に
是非、観察してきて頂きたいのですが、
ソレラに使われていた樽から外れてスコッチの貯蔵に使われた樽の多くは、
上記の写真のように黒く塗られているので、
1973年以降の新時代シェリー樽との区別が出来ますので
是非、目を凝らして注意しながら見てみて下さい。


最後までお読み頂きましてありがとうございましたm(_ _)m

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