道志ライダー、猫Rです。
相変わらずの梅雨模様。。。今年はえらいこと長いですね~。さらには台風8号が発生、日本列島に迫ってきてるとか。夏が遠いですな~。ま、ワタクシは暑いの苦手ですので、さっさと秋が来てほしいなと思います。秋になったら戦場ヶ原まで行ってみようかなっと。
さて、本日のネタは『ゲーミフィケーション』つー、マーケティングのひとつの手法について考察してみたいと思います。今朝、出版社に勤めている知人と朝ごはん食べてたら、どういう経緯かマーケティングの話になってしまいまして、ワタクシ以前その分野でお仕事をしていた経験もあり(かじった程度ですがね)、脳の体操がてら、ひさしぶりに思いにふけようかな、と思った次第でございます。
そもそもマーケティングとは、定義が非常に曖昧です。時代やニーズにより定義が変わるものと思っています。まぁ当然ですね。時代を経るごとに、理論やテクノロジーは進化するわけですから。『顧客が真に求める商品やサービスを作り、その情報を届け、顧客がその商品を効果的に得られるようにする活動』(wiki)。こんなところか。
ワタクシが現役で働いていた5,6年前、マーケティングの主な手法は『ターゲティング』でした。おそらくは、現代でも主流のひとつなんでしょうが。『ターゲティング』とは、顧客属性、すなわち性別、年齢にはじまり、趣味趣向、地域、行動パターンといった要素をデータベース化し(データベースマーケティング)、マスマーケティングに対して市場再分化した結果得られた特定市場に対してマーケティング活動を行うことを指します。最近までのマーケティング手法って、ほとんどすべてがこの概念から派生したものなんじゃないですかね。結局のところ、企業とは顧客が存在してなんぼ。未知数の潜在顧客に対して自社の商品を知ってもらい、購入していただくことが至上命題。しかしながら、たとえば禿げてる人にトリートメントシャンプーを買ってください、と訴えたところで売れるわけもなく、少なくとも髪の毛がある人たちにPRしたほうが売れる確率は高くなることは明らかで、禿げてる人に対しては増毛剤とか育毛剤とかそういったものをPRすべきです。じゃぁどうやったらそんな人たちの購買意欲をたかめられるの?そこで重要になってくるのが『ターゲティング』という手法になってきます。
特定市場における潜在顧客と、潜在顧客が求める商品・サービスに対するマッチング確率を最大化させることを目的として、『ターゲティング』という概念が生まれました。
5、6年前は、ウェブマーケティングの過渡期だったように思います。Yahoo!とGoogleという検索エンジン市場における2大企業がしのぎを削り(結果Yahoo!の大敗ですがねwww)、ネット回線の高速化、大容量化がウェブマーケティング分野を、良くも悪くも活性化し、Amazon、Appleを筆頭に、時代の波に乗り急成長を遂げた企業が多数誕生しました。このような企業が開発・提供しているサービスを利用できることでワタクシたち一般ピープルは快適な日々を送れているといっても過言ではないかと思います。そして、これらのサービスの裏には常に、『ターゲティング』という企業側の思惑が存在しているのです。たとえば、ワタクシが今現在ブログを書くために使用している『アメブロ』。ワタクシがアメブロサイトを開くと、スポンサー広告欄には90%以上の確率で『バイク』に関わる広告が表示されます。これはアメブロの運営企業=サイバーエージェントにて、ワタクシがサイト内で使用するワードやブログ内で検索するキーワードなどについてデータベース化、あるいは『アメブロ』と提携している主要な検索エンジンにおける、ワタクシの検索パターンをデータベース化するなり、キャッシュから吸い出すなり、することで、ワタクシという人間が『バイク』に興味を持つ人間であると特定、ならばバイク分野に関する広告をワタクシにぶつければ、広告に対するクリック率が上がるだろう、という『ターゲティング』戦術のもと、こうなってます。はたまたAmazon。こちらもワタクシがウェブサイトを開くとバイク関連の商品が『あなたへのおすすめ商品』として表示されます。これはAmazonが得意とするレコメンド(ユーザーが関心を持ちそうな情報を推薦する)機能と呼ばれるものです。Amazonが巨大企業となり得たひとつの礎ともいえます。
でも、どうなんですかねこういった『便利すぎる機能』。正直ワタクシはウザったいです。すでにサポートが終了しているWindowsXPが世に出たころからワタクシのウェブとの付き合いは始りました。それからのウェブの世界の変遷を実体験として経験しているワタクシにとって、検索連動型広告、RSS機能、レコメンド機能といった手法は、革命的であったことは否定できませんが、物ごころついたころから当たり前のようにパソコン、スマホ、タブレット等が手元に存在している若い世代の方々は、どのように感じていらっしゃるのでしょうか。当たり前に存在しているがゆえに、特に思うところもないのでしょうか。欲しい商品を探す、デートに使うためにおいしいお店を探す、その手段として検索サイトを利用する、これが当たり前。少数の開発リーダーたちが創ったツールの利便性を、小額のお金を払って使用するマスの住人たち。こういう構図ができあがってしまったことで、マスの住人たちは、思考の起点から行動の目的にいたる経路における試行錯誤、失敗と成功、こういった経験を実は失ってしまって(奪われてしまって)いるのではないでしょうか。
あらゆる分野においてのテクノロジーの進化はこれから先、人類が滅亡するまで永続するものと思われます。なぜなら究極的には、現代に生きる人間にとっての活動の源は探究心(欲)だからです。現代人から探究心(欲)を奪ってしまったとしたら、たぶん世界の経済活動は停滞し、人口は激減し、そのうち破滅します。だから(というか無意識的に)現代人は人参を目の前にぶら下げられ、延々と走り続ける馬よろしく、未開の領域を深く掘り下げようと努力しつづけるのです。
今、スマホ市場が最盛期を迎え、近日Google社からは、Googleグラスという夢のようなウェアラブル端末が発売予定。メガネを通して映る街中の風景の上に、建物の情報だったり、ルート情報だったり、人気店の情報だったりが浮かび上がるんです。ほとんどアニメの世界だった物が現実に手に取れる時代になろうとしています。うろ覚えですが、今は退任したFRBバーナンキ議長が、このようなテクノロジー時代が今後10~15年は継続し、テクノロジーは進化し続ける、といった発言を10年以上前にされていたような。先見性がある、ゆえにFRB議長足り得たのでしょうな。まぁ情報は湯水のように入ってきてたんでしょうけど。日本はそれより10年遅い。相変わらず。。。
それは置いといて、今朝知人が面白いことを言ってました。
「ある人がホームセンターに行って電動ドリルを買うのは、電動ドリルそれ自体が欲しいのではなく、購入した電動ドリルで開けた『穴』が欲しいんです。」
ズバリ、この視点はマーケティングにおけるもっとも重要なキモだと思います。電動ドリルが必要な人にとって、必要な深さ、必要な直径の『穴』を開けることができれば、おそらくはその手段として電動ドリルでなければならない理由はないはずです。ですが、『穴』を開けるまでの作業工程において、キリを用いるか、電動ドリルを用いるかによって要する手間、時間に大きな差があります。穴を開ける手間や開けるまでの時間の差、それを実現するための開発費、材料費が、電動ドリルの付加価値、原価として商品価格に反映されます。
最適な商品・サービスを提供すべく努力する企業の飽くなき探求心。潜在顧客の属性を可能な限り細分化し、ピンポイントで商品・サービスをマッチングさせる手法。。。斬新な手法だったはずのものが今や企業の苦肉の策というか、あがきというか。。。ワタクシにはそんな風に見えてなりません。マーケティングというものが補強的手段から、目的となりさがってしまっては、是、本末転倒なり。
「マーケティングとは」とか語り出す人間に限って、なんやら本質を見誤っている人間が多いよ。街を横断幕、電飾で覆い尽くし、電車はラッピング、街を歩けばサンプリングのティッシュ配り。ウザったい。右を見ても左を見ても上をみても広告、広告。。。こんな汚い街、東京が、旅行で行きたい世界の主要都市No.1だと??笑わせてくれる。メディアによる介入工作臭がぷんぷんする。
マーケティングと販売促進、そして販売促進と広告とは表裏一体の関係でありますが、マーケティングの成果物としての媒体の・・・おそらく半分は「ゴミ」と化すのです。新規店舗出店に当たってのオープニング広告、チラシ、看板、装飾・・・これらはいずれ「ゴミ」と化し、店がつぶれればさらに大量の「ゴミ」が発生します。利益追求の裏には、こういった負の遺物が存在するのだということを忘れてはならんのです。つまるところ、東京の街が汚いのは、行政の無計画な都市開発に起因するところが大きいんでしょうがね。
話が逸れまくりですが、企業による『ターゲティング』手法を用いたマーケット戦術が、正直ウザったい、と感じている人たち、多いと思います。でも企業はアホだから代理店のコントロール下のもと、進めざるを得なかったり。。。てのが現状か。結局のところ、現代の超フクザツ化、氾濫化した情報ツールを駆使する潜在顧客のニーズをターゲット(特定)することなんてもはや不可能なんですよ。情報ツールを駆使する現代人のニーズなど、昨日は焼き肉食べたかったけど、今日はインドネシア料理が食べたい、などとコロコロ変わる。そんな現代人のニーズや行動パターンを細分化するなど、無理。で、今『ゲーミフィケーション』という新たな手法がマーケティングにおいて重要視されています。
ゲーミフィケーションとは、マーケティングの手法の一種で、ゲームが本来の目的ではないサービスにゲーム的要素を組み込むことで、ユーザーのモチベーションやロイヤリティを高めることです。この概念自体は、2010年から使われはじめ、2011年7月に米国の大手調査会社であるガートナーが発表した「テクノロジーハイプサイクル」に取り上げられた頃から、頻繁にメディアに登場するようになった、そうです。インターネットの普及・スマートフォンの登場、さらにソーシャルメディアの流行で、ゲーミフィケーションの発想をより実践しやすくなった、とうテクノロジー環境の変革が、火種になったみたいです。-ゲーミフィケーションの主な手法としては、例えばWebサイトなどでレベルアップやアイテムの獲得、ユーザー同士でスコアを競う、といった要素を挙げることができる。ゲームが持つ「面白い」「楽しい」といった要素を追加することで、ユーザーを楽しませ、積極的にサービスを利用したくなるようにかきたてる効果が期待できるとされる。-(Binaryより)
哀しくなるよ。。ムナシイ。。。
『ゲーミフィケーション』という言葉が市民権を得た現代、おそらくはこれに端を発する市場が相応の規模を形成し、経済活動の一端を担っているのでしょうが、逆説的に捉えると、ゲーム性を持たせないと面白いと思えない、最終目的であるサービス・商品を利用してみたい、と思えなくなっている人がそんだけ多い、とも取れる。そんなにもゲームというものが一般人の生活に浸透しているものかと。確かにワタクシ、電車に乗ってつり革につかまったまま本なんか読んでて、ふと向かい座席に座っている乗客に目を向けてみると、10人中9人がスマホを触ってたりする。で、なにやっているのかとチラッと見てみると、10人中5人がパズドラやってて、2人がその他のゲームやってて、かろうじて1~2人がニュース記事見てたり。おかしい、、、でしょ。。。スマホでゲームやってることが、じゃなくて、10人中8、9人も、乗車から降車まで延々やってることが、です。はたまた昼どきとはいえ、誰ともしゃべらずご飯を食べながらゲームに夢中になったり。人の理性が形骸化されているんじゃなかろうね。。。
語るに遅きか。。。いや・・・ う~ん。。。
多くの著名人が「考える力」と題して本を出版しております。考える人間は、相手にとって手ごわい存在であり、味方にすると強力な助っ人となります。逆に考えない人間は相手にとって与しやすい存在であり、必要とされない存在です。ワタクシの実体験としてのこの、10人中9人が延々とスマホアプリで遊んでいる姿ってのは、、、かなり異常。そしてこういった実態から、『ゲーミフィケーション』手法を用いて利益を上げるという仕組みが、現代の営利企業にとってのマーケティングの主流となっているという現実は否定できない。そういう実態に気づいている人がどれほどの割合いるのか、あるいいはそれでいいと思っているのか、そもそも考えるつもりなど毛頭ないのか、興味深いテーマであります。
まだまだ書き足りないですが、、、いいかげん寝ます。
オヤスミナサイ(=^・ェ・^=)ノ
