ん~~~~ショボーン

産後から体型が戻らず、なんかだらしない体つきガーン


なんか……なんか、何を着てもしっくり来ない(๑⃙⃘·́ω·̀๑⃙⃘)੨੨

シンプルな物を着こなすのは、やはりスタイルが良くないときびしい(꒪⌓꒪)

だから今何着ても似合わない(꒪⌓꒪)

やーばい(;´・ω・)自分いま、ださい(;´・ω・)


本気のダイエットしないとダメなやつだ。


洋服好きなのに、似合わないとか悲しすぎる(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
さて、久しぶりの母との同居。
母はご飯を作って洗濯して掃除して…と、忙しく動いてくれていた。

その間、私は家に帰ってきてラクビー抱きがなかなか安定せず、こも蔵にまた授乳するのが一苦労になっていた。
そして産院みたいにスケールがあるわけじゃないので、なんとなくミルクの量を足していた。

夫は忙しい人で、朝は早いし夜は10時くらいに帰宅。よって育児はほぼ頼れない。
日中はこも蔵が寝たり泣いたり、授乳したり、その間にご飯食べて、少し寝て…って家のことは全部母がやってくれていた。

だけど本来、私は甘えるのが苦手な性格で、仕事でも出来ませんとか手伝ってくださいが言えない人だった。
だから、お母さんありがとう、とか、お言葉に甘えて~!って言うのが出来ず、
あれはどこ~?これはー?って言いながら家事をする母に対して、どんどんイライラが募っていった。

それはここ!
ちがうってば!
いいよ!やんなくて!

って、どんどん言葉がきつくなっていった。
それどころか、自分でやった方が早いんじゃないかとか思うようになっていた


夜も夜で授乳が苦痛で、
暗闇で長いクッションを膝の上に置いて、泣くこもぞうを置いて、乳頭保護器をつけて、授乳して、ミルクも飲ませて……って、すごく長い時間だった。

その時もいつも、母が全部用意してくれてるのに、私はイライラしてばかり。

そして、ある日。母は体調が悪いと言い出したのです。

そして夜、こも蔵が泣いたので起きたら、珍しく母は起きなかった。
乳頭保護器をキッチンから持ってこなくちゃ行けなくて、どうしようか迷ったんだけど、ここで私の頼れない性格が発動。

泣くこも蔵も置けず、抱きながらキッチンに行って乳頭保護器と熱いミルクを持ってきた。

そしてなんとか授乳終了。

朝起きたら、母が荷造りをしていた。

何やってんの?と聞いたら、

お母さんなんていらないよね。床上げも済んでない産後間もない体で、夜中に赤ちゃん抱いてミルクまで作って。お母さんの立場って何?
そりゃー、思春期に離婚でゴタゴタした所見せたし、あんたとは仲が悪い時期だってあったし、だからこそあんたにイライラされても受け止めてきたし、今回、役に立てると思ってきたのに。でもそんなのも余計なお世話だったね。だから帰る。

と言われて、ハッとした。
よく言う産後クライシスで旦那にイライラするって言うのは聞いたけど、私の場合は…イライラを隠さず八つ当たりすることで、母に甘えていたんだと思う。
母も我慢してくれてたけど、とうとう限界がきたようで。

でも無理、まだ私には、1人で全部こなすことは出来ない。
だから、素直に謝った。

む、無理だよ…できないもん
全部1人でなんて出来ない。だから帰らないでよ、ごめんなさい

だいぶ気まづかったけど、母は残ってくれることを承諾してくれた。

ここでまた私は自分自身が嫌で、自己嫌悪の渦に飲み込まれていきます


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入院生活も半ばにさしかかった頃、少しずつ乳頭保護器での授乳に慣れ、こも蔵も嫌がらずに吸うようになり、体重を測ると30ほど増えるようになってきた。
搾乳量は20ほどで、それにミルクを足して日齢プラス10になるように飲ませていた。

そして頻回授乳で、授乳時間じゃなくても個室にコールがきて
こも蔵くんお腹すいて泣いてまーす
と呼び出され、他のママさんたちとあまり顔を合わさなくなってきた。

助産師さんからは、乳頭保護器をいつまでも使うと、刺激が足りなくて母乳量増やせないからね、直接吸わせる練習もしてね。

と言われていたのだけど、またこも蔵をニャンニャン泣かせて、私も吸ってもらえなくて悲しい思いをするのがストレスで、なんとなく出来ないでいた。

それでも、こも蔵の体重を2500から減らしてはいけないと言う使命(重い)がある私は、おっぱいマッサージ、乳首マッサージ、搾乳、と、かなりの時間を授乳のために費やしていた。

今は助産師さんに相談したり、他のママさんと談笑したりしてまだ落ち着いてるけど、家に帰ってひとりで子育てするようになったら、私は出来るのかな?って、なんとなく考えるようになってた。

退院前日、沐浴指導があり、助産師さんに教えてもらいながらこも蔵を沐浴。
気持ちいいらしく、暴れもせず「ほー」の口の形をしていた。すると助産師さんから、

やっぱ保育士さんだねー。上手。子どもに話しかけるのも自然だし。こも蔵くん小さいけどよく飲むしガッツあるからさ、大丈夫だよ。家に帰っても頑張ってねー

と言われた。
いいえ違います。精いっぱい「保育士らしく」関わっているだけで、本当は不安でいっぱいだし、これからこんな小さなこも蔵を育てていく、責任をすごく感じてたんです。

そして、翌日。
無事、こも蔵の体重も2750まで増え、何事もなく
退院となった。
夫は中抜けで迎えに来てくれ、精算をしてくれた。

さて、この日から私を手伝いに来てくれていたのは、初孫フィーバーの母。
2週間泊まり込みで床上げまではいる、と言ってくれていました。

何を隠そうわたしは、母との関係が複雑で、思春期はケンカばかり、20代はほぼ会っていないと言う期間があったので、お互いちょっと気を使ってるのがわかる。

同居も12年ぶりくらい。
しかも同居していた時期は父と母が離婚でもめていた時だったので、すごく険悪だった。

そんな感じで家に着いて、久しぶりの母のご飯の匂いをキッチンから感じ、
あんたも休みなさいよー
と言われるのだが、何故かソワソワして気が抜けない。ずっと正座でこも蔵が眠っているのを見てた。

なんだかちょっと母に緊張していたのですが、結婚もしたし子どもも生まれたから、どうにかなるだろ、と軽く考えていた。この考えが、産後うつに拍車をかけて転がり落ちていくことになるのです。

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