オンボロ家が傾いてはいけないと思い、部屋にある本を整理していたら
とても懐かしい本が出てきた。
J.D.サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」と「ナイン・ストーリーズ」。
どちらも古すぎて紙が茶色く変色している。それもそのはず、30年近くも
前のものなのだから。
私が初めてサリンジャーを知ったのは中学生の時。
浜田省吾さんのファンクラブイベントでいただいた「ナイン・ストーリーズ」が
きっかけだった。確か1982年の夏だったと記憶している。
この時、時間切れでサインをいただけず、後日直筆サイン入のブックマーカーが
送られてきたが、どうしてもこの本にサインをしてもらいたくて、2年後の夏
どうやらそれが実現したらしい。(余りに昔の出来事で私も忘れていた)
たしか、84年は浜田省吾さんに接近する機会がとても多かった。
(今ではガードが堅くて近寄れないし、それ以前に追いかける気も毛頭無いが。)
浜田さんの現在のサインは違うが、私が知る限り、90年頃まではこのサイン
だった。
当時の浜田省吾さんはサリンジャーやブラッドベリが好きだと公言していたので
少女だった私は必死でそれらの本を読んだけれど、正直なところ面白さが理解
できなかった。しかし、「ライ麦畑でつかまえて」だけは別格だった。
主人公と同年代の私の心を鷲掴みにしたこの本を、生涯私の青春のバイブル
になるに違いないと思った私は、当時真剣に(サリンジャーに会いにアメリカに
行きたい)なんて得意の妄想に耽ったりした
だが、当時はネット社会ではなく、サリンジャーについての情報を得たのは
90年以降だったと思う。
そしてそれは、サリンジャーについての奇行ばかりが目立つ記事だった。
だから私は長いこと、サリンジャーという小説家は気難しい世捨て人だと
思い込んできた。いや、多くの人がそう思ってきたに違いない。
2010年に彼が亡くなってから、晩年の彼の暮らしぶりに関する記事を
目にするようになり、私は少しほっとした。
私の、いや世界中の読者の心の琴線に触れた「ライ麦畑でつかまえて」
の著者は決して世捨て人ではなく、気さくな田舎の老人として、地元の
住人たちに親しまれていたのだ。
