20年ぶりの再会 | お局秘書の日記

お局秘書の日記

酸いも甘いも噛み分けた(?)お局秘書のありふれた日常を、つらつらと綴ります。

昨夜私は、中学から短大までを同じ学び舎で過ごした嘗ての大親友と

20年ぶりの再会を果たした。


ちょっぴり早熟で、学業そっちのけで音楽に傾倒し、どちらかと言うと

「軟らかい業界」の大人たちに囲まれていることが多かった10代のワタシ。

一見危なっかしいようだが、まわりの大人たちはとても大切に扱って

くれていた。


今思えば物凄く濃密な時間を過ごしていた10代の私の青春を語る上で、

欠くことのできない人物がその嘗ての親友である。


そもそも中学から浜田省吾さんのファンだった私が、自分と同じ匂い(?)

のする彼女を高校進学と同時にそそのかし(笑)浜田さんのファンにしたのだ。

彼女とは数えきれないほど浜田省吾さんや織田哲郎さんやそのほか

色々なアーティストのコンサートに行った。

ブレイクして間もないアーティストをサクラ役で観ることも結構あった。


可愛がってくれた大人たちのお陰で、いつも良席で観ていた。

私はすっかり忘れていたのだが、昨夜の彼女の話だと、既にビッグに

なりつつあった浜田さんを、前から2列目で観ていたことも一度だけでは

なかったらしい。

勿論、私たちは浜田省吾さんの素顔を何度か見ているが、どういうわけか

私たち二人とも鮮明な記憶がない。時間の経過とは恐ろしいものだ。

と言うより、舞い上がりすぎてジロジロ見ることができなかったのだと思う。


レコード会社の若手社員にも良くしてもらっていた私たちは、尾崎豊さんの

デビューアルバムをサンプル段階で貰い、新宿ルイードでのデビューライブや

日比谷野音の骨折ライブも目の前で観ている。(あの時は本当にビックリした!)

とにかく、そんな思い出深い場面にはいつも親友が一緒だった。

浜田さんに声を掛けられたあの日も・・・。


それなのに、些細なほころびがいつしか大きくなり、私たちの間には埋め難い

溝ができてしまった。

私は浜田省吾さんを追う事も止め、音楽関係者たちからも、自ら距離を

置くようになった。

「憧れ」ではなく目の前の「現実」に目を向けるようになって行った。


どうして隔たりが出来てしまったのか彼女には理解できなかっただろう。

当たり前だ。彼女は本当に性格の良い子で、嫌なところなど何ひとつ

無かったのだから。

今思うと私が子供だったのだ。背伸びはするけど大人になりきれない

複雑多感な時期だった。


20代後半、私はそのことをとても悔いたが、既に「too late」に思えた。

謝りたいことは沢山あったが、連絡を取る勇気もなかった。


私は30を過ぎるまで自分のことが大嫌いだった。全てリセットしたかった。

結婚と離婚を経験し、若い頃に描いていた人生設計から少しずつ外れ

それなりに苦労し辛酸を舐め、他人の痛みが分かるようになり、クサらず

実直に仕事をこなし、少しずつ評価されるようになり、徐々に自分自身を

認められるようになった。

しかし、彼女に会えない事が私の人生の最大の心残りのような気が

ずっとしていた。


そんな中、Facebookで彼女を見つけ、昨夜20年ぶりの再会に至った。

昔の面影はそのままに、とてもセンスの良い素敵なママになった彼女は

「またやり直しましょう」と笑顔で言ってくれた。


散々喋った後に「一皮も二皮も剥けたみたいね」と言ってくれた彼女の

言葉は、この20年の間に貰った誰のどんな言葉より嬉しいと心底思った。