夏の夜空には天の川が南北に流れ・・・というのは昔話になってしまいました。南の空,天の川が最も濃いところにいて座が,その北にはへびつかい座がさらにヘルクレス座と続きますが,1等星のないこれらの星座を近畿で見ることはもはや絶望的です。せめてこの物語を読んで天空の師弟の姿を思い浮かべてください。
そのむかし,ギリシアの北の山々の洞窟にはケンタウロス族といわれる上半身は人間で,下半身は馬という化け物が住んでいました。ケンタウロス族は野蛮でしばしばギリシアを襲い,人々は恐れていました。しかしその中でケイロンだけは文武両道に秀でたケンタウロスとして,神々からも人々からも尊敬されていました。彼はヘルクレス,アスクレピウス(へびつかい座),カストル(ふたご座),イアソン(アルゴ船)などの若者を育てました。ケイロンは弓が得意で名射手といわれていましたが,ヘルクレスと他のケンタウロスとの争いに巻き込まれ,毒矢に当たって命を落してしまいました。
 実は天にはもう一人(一頭?)ケンタウロスがいます。それはフェロスと言う名で,ケンタウロス座になっています。さそり座を挟んで,いて座と向き合っていますが,南天にあるため現在は日本やギリシアからは見えません。

 この半人半馬の怪物は恐怖と軽蔑の目で書かれています。馬を知らなかった頃のギリシア人は,北方騎馬民族を怖がってこんな化け物を想像したのでしょう。ギリシアで馬は利用されなかったようで,ヘラクレスやオリオンなどの英雄も馬に乗らず歩いて旅をしています。馬が出てくる物語は「トロイの木馬」くらいでしょうか。ペルシアとのマラソンの戦いで勝った事を知らせる伝令の兵士も馬に乗らずにアテネまで走ったそうで,馬に乗ればもっと早くできるのに,ごくろうさんです。


NPO花山星空ネットワークでは先日季刊誌20号を発行しましたが、来月には第10回講演会を開催します。今回は「銀河中心から太陽まで」宇宙のあちこちで起こっている爆発現象をテーマとしました。ぜひご来場ください。

 おひつじ・アルゴ船物語はギリシア神話の凄惨な面を代表する悲劇で,古代から現代まで様々な文芸作品に取り上げられています。この小文は元の物語を筆者なりに脚色改変したことをご了解ください。なおアルゴ座という星座は今はありませんが,ギリシア時代には、おおいぬ座の東南の空に描かれていました。しかも歳差運動のため当時この方向は北半球からも見えていました。そこは星の密度が高く,星雲・星団などもひしめいていて,壮大な船を思い浮かべるには適しています。しかし1750年ラカイユはこの大星座を,らしんばん座,ほ(帆)座,とも(船尾)座,りゅうこつ(龍骨)座に四分割してしまいました。


 ギリシア北部のテッサリアにフリクソスとヘレという幼い兄妹がいました。二人は国王アタマスの子ですが,彼らの母ネフェレは離縁されてしまい,新たにやってきたお妃イーノーに何かと邪魔者扱いされていました。ある年,この国は大凶作に見舞われ,王はゼウスの神殿にお伺いと立てると,なんと「フリクソスを生け贄にして捧げよ。」との神託が下りました。王は国の飢饉を放っておくわけにもいかず,やむをえず神のお告げに従うことにしました。実は凶作も神託もすべてイーノーが農民や神官を買収して仕組んだ悪企みだったのです。それに気づいたネフェレは二人のわが子を救うため,ゼウスに祈りました。ゼウスもその願いを聞き届け,二人のもとに全身金色の毛を持ち空を飛ぶことのできるお羊を遣わしました。兄妹を背中に乗せたお羊は,王の館を脱出し東へ東へ飛んでいきます。

 ところが途中であまりの高さに目の眩んだヘレは,海の中にまっさかさまに落ちてしまい帰らぬ人となってしまいました。その海はエーゲ海と黒海の境で彼女の名をとってヘレスポントス海峡と呼ばれています。妹を捜すこともできないフリクソスはそのまま飛び続け,やがて黒海の東岸コルキス国に着きました。彼はコルキスの国王に暖かく迎えられ,その国で幸せに暮らしたということです。コルキスとは現在のグルジアに実在した国でギリシアから渡来した人も多数住んでいました。フリクソスはゼウスとアイエセスへの感謝のしるしとして,その金毛のお羊を捧げ,毛皮はコルキスの宝として眠らぬ龍が守ることになりました。
アタマスやイーノーはそのままで,最も活躍したお羊は焼き殺されてゼウスへの捧げ物にされたというのは何とも後味悪い話ですね。


 さてアルゴ船とはギリシアのイオルコスの王子イアソンの率いる冒険船の名です。イアソンの父アイソンは弟ペアリスに王位を奪われ,幼いイアソンは半人半馬のケンタウルス族のケイロンに育てられました。成人したイアソンは叔父の王宮へいったところ,王位を返してもらう条件として黒海東岸のコルキスにある金毛の羊皮を取りに行くことになりました。イアソンはギリシアの若者50人を募って巨大な船を作って出発しました。その中にはヘルクレス,カストル,ポルックス,オルフェウスなど大型の勇士が多数参加しましたが,彼らはあまり活躍していません。アルゴ船は数々の困難を経て航海しますが,その間にはある島で休憩中にヘルクレスが寝過して置いてきぼりになった話もあります。ともかくエーゲ海から黒海に入りコルキスに着き,イアソンはコルキス王に金毛の羊皮をギリシアに返すよう要求しますが,王はもちろん承知しません,まあアタリマエですね。それどころか難題を吹っかけてイアソンを殺そうとします。しかしイアソンに一目惚れした王女メディアの魔法の力を借りて龍より金毛の羊皮を奪って,さらにメディアをも奪ってギリシアへ帰還します。これでは勇ましい冒険物語というよりまるっきり略奪遠征記で,コルキスの王に同情したくなりますね。
 

 ところがここから,こわ~い物語に転じます。コルキス脱出の際にメディアは幼い弟アプシュルトスを連れて来るのですが,父王の船に追いかけられたときに,この弟の体をバラバラに切り刻んで海に捨ててしまいます。英雄揃いのアルゴ船の乗組員もビックリ,声も出ません。コルキスの兵たちが慌てて遺体を捜し拾い集めている間にアルゴ船は逃げることができたのです。何と怖しいこと,でも自分を助けてくれたこの魔女と結婚せねばならない・・・イアソンは悩みます。帰路は嵐に遭い黒海からドナウ川を遡り,北海に出て大西洋回りで地中海に入ったようです(ありえないような経路ですが気にしないで)。その間に多くの怪物や魔女の攻撃を受けたり、極寒の島に漂着したり、青銅人に追いかけられたり・・・長くなるので省略・・・やっと故国へ着きました。
 帰国後,イアソンは叔父ペアリスに金毛の羊皮を渡しますが,約束は守られず,2人は王位を争うことになります。そのときメディアはイアソンのために残虐な手助けをします。若返りの妙薬の入ったという豪華な風呂の中にペアリスを誘い入れて煮殺してしまうのです。イアソンは王位に就いたものの,次第に妻に対し気味が悪くなり嫌気がさしてきました。さらにイオルコスの人々も彼を王とは認めず,二人を追放してしまいます。国を追われた二人はコリントスに住みますが,そこでイアソンは国王に気に入られ王女と結婚することになってしまいます。怒り狂ったメディアは国王・王女を焼き殺し,さらにわが子も刺し殺し,龍の車に乗って逃亡します。・・・でもイアソンは殺せない,すべては彼のためにやったこと・・・別離した二人はともに不幸な晩年を送ります。メディアは一時アテネの王妃に収まりますが,王子テセウス(クレタ島の魔牛ミノタウロスを退治してギリシアをクレタから独立させた英雄)に追い出されて,最後に住み着いたところは後にメディア(ペルシアの北部あたり)とよばれるようになりました。
 一方,老いたイアソンはひとり諸国を放浪の末,とある入江につながれた廃船アルゴを見つけました。「お前も年をとったなぁ。」イアソンは近寄って懐かしそうに船端をなで,曲がった腰を伸ばして船上に乗っていきました。ところが老いた船は老人一人の重みにも耐えられず,ギーギーと音をたて崩れ落ちていきます。イアソンは朽ち果てたアルゴ船の破片に囲まれ,数々の冒険を思い出しながら,寂しくその生涯を閉じるのでした。


 さて一番悪いのは誰でしょう? イアソン?メディア? いやいや実は,メディアが父や弟を裏切り残虐な魔女になってまでイアソンに激しい恋をしたのは,ビーナスがイアソンを助けるために,息子のエロスに命じてメディアの心臓に愛の矢を射せたためなのです。事件の元凶はいつも神々の気まぐれです。

 海の神ポセイドン(ゼウスの弟)と女人国アマゾンの女王エウリアレーとの間に生まれたオリオンは無類の勇者で,ヘルクレスと並ぶ英雄です。腕力は強くて,狙った獲物は決して逃さず必ず仕留めてしまう名狩人でした。特に鹿狩りが得意で,ギリシアからエーゲ海の島々の野を駆け巡りました。おまけにとびきり美男でしたから愛人もたくさんいました。

 しかし,自分の腕を自慢しすぎたため,ゼウスの正妻ヘラの怒りを買い,彼女の差し向けた さそりに踵を刺されてあっけなく命を落してしまうのです。そのためオリオンはいまだにさそりが怖くて,さそりが沈んでから昇って来るし,またさそりが昇って来るとあわてて西に沈むといわれています。密猟乱獲者オリオンは自然保護者ヘラの派遣した警備隊さそりに射殺された話ともとれますね。
 別の物語では月の女神アルテミスがオリオンに恋してしまったが,兄アポロンはそれを許さず,オリオンを虹に変えてアルテミスを騙し射させたともいわれています。


 オリオン座とさそり座のもう一つの共通点はα星(べテルギウスとアンタレス)がともに赤色超巨星であるということです。太陽の数百倍も膨れ上がり遠くない将来、超新星爆発を起こしても不思議ではありません。

 早春の代表的な星座であるふたご座は12星座の中では最も北にあるため非常に見やすく,ギリシアや日本ではほぼ天頂を通ります。名前の由来はカストルとポルックスという2つの明るい星が並んでいるためで,ポルックスのほうがやや赤みがかって見えます。この2つの星は同じ方向に見えているだけで,もちろんお互いの関係はありません。
 ギリシア神話ではこの2星は双子の兄弟とされています。矢を持っているのが兄カストルで,なんとこの二人は卵から生まれました。でも鳥や魚の子ではなく,大神ゼウスと人間スパルタの王妃レダの間に生まれたのです。
 

 ある日ゼウスは水浴びしているレダに魅せられて白鳥の姿になって,この美女に近づき誘惑しました。月満ちてレダは,大きな卵を2つ産みます。その1つから双子の兄弟カストルとポルックスが生まれました。二人は仲のいい兄弟で,長じてカストルは剣のポルックスはボクシングの名手になりました。一緒にさまざまな冒険をした中にはイアソンのコルキス遠征の参加も含まれます。カストルはケンタウロスのケイロンから乗馬も習っています。
 ところがある日,獲物の取り合いでいとこ達と争い,カストルは命を落してしまいます。ポルックスは兄の亡骸をかき抱いて非常に悲しみ,いっそ一緒に死のうと剣や矢で自分の胸を刺しますが,どうしても死ねません。カストルは人間である母レダの血を,ポルックスは神である父ゼウスの血を引いているからです。ポルックスは苦しみに耐えかねて,父神に自分の命を奪ってくれるよう訴えます。ここでゼウスはカストルを蘇らせるべきなのに,なんとポルックスの願いをそのまま聞き届けてしまうのです。嗚呼なんという父親でしょうね!結局2人とも天に昇って星になったというお話です。


 さてもう一方の卵からは双子の姉妹ヘレネとクリュタイメストラが生まれました。長じて絶世の美女となったヘレネはスパルタの王妃になるのですが、神々の気まぐれからトロイに連れ去られ、彼女の争奪で全ギリシアとトロイが10年間も空しく戦い続けるトロイ戦争(これは史実)という大事件が起っています。 このお騒がせの大神である白鳥は夏から初秋の夜空を飾るはくちょう座です。