春のソウルへ②-1 水原華城(スウォンファソン)
朝食は、昨日市場で買ったチジミ、海苔巻き、下のセブンイレブンで買ったパンやヨーグルト、バナナミルクにコーヒー、トウモロコシ茶です。部屋で頂きました。
ケトルがあるので、温かいお茶がうれしいです。
2日目の4月9日は水原華城の城壁を歩きます。
東大門歴史文化公園駅から地下鉄4号線衿子駅で1号線に乗り換え、水原(スウォン)駅で降り、観光案内書に寄ってから、バスで八達門で下車しました。
地下鉄の乗り換えやらバスの乗り方等友人がいなければどのように動いてよいやら全く分からない私達です。迷子にならないよう必死に付いていきました。ホテルから約1時間です。
水原華城
李朝第22代国王の正祖はソウルから水原に遷都を計画し、1794年から2年8ヶ月の歳月を
かけて華城を建設しましたが、完成直後に崩御、遷都は実現されませんでした。華城は王の別邸である華城行宮を中心に高さやく7m、全長約5,7kmの城郭と4大門、砲台、櫓、楼閣などが残り、優れた防御機能と建築美を兼ね備え、1997年ユネスコの世界文化遺産に登録されています。
元来、城郭の正門は南門とされていますが、都のソウルが北にあったので、北門を正門
とし、長安門が正門になっています。
街の中央に位置する八達門は長安門と共にソウルの南大門をしのぐ規模だと言われています。四方八方に通じているという四通八達に由来した名前で、築城された時の姿がそのまま残されています。
入場料を支払ってから城壁にそって急な坂道と階段を登ります。桜が満開です。
城壁に迫る敵を防御できるよう城壁の外側に7mほど突出した雉城(チソン)と呼ばれる所
その上に建てられた軍事待機所のような役目を果たした鋪楼、
雉城が進化して火砲を使えるようにした施設、砲楼、
城郭の奥まった場所に敵の目に付かないように造られた出入口、暗門
城の外から危険を内側に知らせる役割をもった舗舎
等優れた防御施設が城壁に沿って造られています。
上の写真の左奥の建物は西南角楼で周囲を見張りながら休憩を取ることができるように建てられた軍事指揮所です
南砲楼
幸園の鐘
西将台(華城将台)
西側で最も高い場所に建てられた2階建ての楼閣。見晴らしがよく水原市全体を
見渡す事が出来ます
中央を横切るように伸びている道が城壁の上の道です
城壁に沿って下ります。サクラやツツジ、レンギョウ、スミレが綺麗です。
水原華西門
西側の大門。石垣でできた門の上に断層門楼が建てられています。
門の正面にはレンガで築かれた半月型の甕城(おうじょう、城門を守るための小さな城)
見回りの兵士衣装の人がカメラに収まってくださいました。
背後の建物は戦争が起こった時、敵の動向を見ながら攻撃できるように外には穴を造り
内部には階段で登ったり降りたりできるようにした建物で、宝物1710号に指定されています。
城壁を下りて、水原華西門を下から眺めました。宝物403号に指定されているそうです。
下から見上げると城郭が高く感じられます。
長安門
華城の北門である長安門は民が平安に暮らせるように願う意味がこめられています。
13時30分を回って、お腹がすいてきたのでランチです。
お肉は店の人がハサミでチョキチョキ切って食べやすくしてくださいます。
お腹いっぱいになったところで、城壁の続きを歩きます
華虹門
川の氾濫や敵の侵入を防御するための門。7つのアーチ型の水門の上に楼閣が置かれ、
市民の憩いの場になっています。
華城を横切る水原川の向こうに先程歩いた西将台が山の上に見えています
訪華髄柳亭(東北角楼)
遠くに長安門も見えています
東暗門
華城列車がやってきました。
龍の頭をモチーフに勇壮な正祖大王を象徴した3両編成の観光列車。
蒼龍門
華城の東門。朝鮮戦争の際に長安門と共に門楼が破壊されましたが、復元されました。
華城列車乗り場でチケットを買おうとしましたが、すぐの時刻のは満員で、
次のには大分時間があったので水原華城行宮まで歩くことにしました。
水原川沿いを梅香橋まで歩き、与民閣方面へ曲がりました。
与民閣
正祖大王が民と共に楽しみを分かち合いたいという思いを込めて建てた歴史的な象徴物。
その西側に水原華城行宮があります。





























