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音楽と思考のメモ帳

音楽のレッスンや日常の中で、
ふと考えたこと、感じたことを
そのまま書いていくブログです。

ここでは、
考えが生まれる前後の
未整理な思考や感情も含めて残しています。

音楽、学び方、心理、日常。
「今、こう思った」を
気負わずに書く場所。

脳にはストッパーが備わっている

ストッパーって何かを止めるために働く機能なんだけど

これって「何かを効率良く働かせるため」の装置なんだろうな

「覚えるため」に「覚えない」ストッパーが働くんじゃないのかな?と

なんじゃそら?って感じだけど

見たこと聴いたこと、なんでもかんでも覚えていたら脳はすぐ容量一杯になるし、整理されながら記憶されないので状況に適した知識を取りだせない。

だから
「興味」が湧かないようにストッパーをかけて
「興味」のあるものだけを自動的に選択するようにしているのかな

じゃあ
「興味があること」と「興味がないこと」
の選択ってどういう心の働きなのか

これは簡単で
「記憶にあることに」興味を持つ
これだけ

記憶にないことはストッパーをかけて
興味を持たないようにする

そうすることで
必要なことを優先的にキャッチできるようにしているんだろうな。

なるほどなー

「色々なことに興味を持て」

という言葉が腑に落ちた。

自ら「興味」を持って接していかないと
ストッパーがかかるから、その情報を弾いてしまう

だから「新しく学びたいこと」「新しい分野に飛び込む」ときは

「関連のある情報を少しずつ記憶として蓄積していくこと」

そうすれば、新しい情報と仲良くなっていって
興味を持てるようになる。

そうしたらしめたもので
脳が勝手に見つけてきてくれる。

要らないものはストッパーをかけて排除してくれるから学びの効率は上がっていく

そして脳は30歳ぐらいから別の仕組みで働くようになるので、良い意味でストッパーが強固なものに変わっていく

そういうことを知らずに子供の頃と同じような
脳の使い方をしてしまうと自分の世界を狭めていってしまう。

「昔みたいに興味が持てなくなったな」

となっちゃうんだろうな

30歳までの脳は構築のために情報を覚える能力(丸暗記)が優勢

そこからは記憶の中にあるネットワークを密にしていく働きに脳が変わる。

そのために繋がりを発見する能力が飛躍的に伸びていく

要するに
限られたエネルギーをストッパーによって情報を増やす方向から繋ぐ方にシフトする

この特性を上手く使えれば年齢は関係ないし
これからの人生がますます面白くなっていく

自分は本当は何を求めているのか

何を目指しているのだろう?


何者になりたいんだろう?

と模索していた時期があって



自分がなりたいものに出会っても


これだ!って電気が走るような衝撃は起こらないんだよ


徐々に徐々に


あー


これだったんだな


と腑に落ちていくものだと


尊敬するクリスモンセンさんが言ってました。


自分の天職はこれだー!


俺のやりたいことってこれなんだー!


ビビビー!!


とくるものを見つけなくちゃいけないと思って

必死になっていた時期だったので、とても救われたのを覚えています。


(そういう見つけ方をする人もいるのでしょうけど)


「そうならないといけない」



「ちがう方法で見つかることもある」


では


全然違いますよね。


だから


これかもしれないけど


なんか衝撃がないんだよな


と思っても続けることをお勧めします。


寝ても覚めても没頭できることを最初から

見つけなくても大丈夫です。


自分が得意で好きでワクワクすることを

掘り下げていく中で興味が湧いたことは


自分がやりたいことにピンポイントでなくても、関連している可能性が高いのは間違いないと思っています。


僕のように

自己分析のために

自問自答を繰り返し、たくさんワークをやって

何ヶ月も続けているのに全然見つからないー

と悩んでいる人へ


もう答えが見つかっているかもしれませんよ?


ビビビッと来なくても良いんです。


これかもなぁ


をやってみましょ♪





自分のことを「正しい」

と思いすぎても


自分のことを「ダメなやつだな」

と思いすぎても


心には良くない


「正しい」

と思いすぎていると


誰かの悪口を言ったり批判をしてでも

自分の「正しい」を守ろうとする。


そして自分では悪口や批判をしていることにも

気付かなくなる。


「自分は悪くない、あの人が悪い」


「悪口や批判じゃない、だってあの人が間違ってるから」


と正当化してしまう。


理由はどうあれ

その人がいない場所で悪口や批判をしているのは

事実。


その事実は変わらない。


「自分が正しい」


それを立証することになんの意味があるのだろう


そんなことで自分の承認欲求を満たしても

また繰り返されるだけで終わりがない。


解決したと思っても、また現れて

ずっと「自分の正しさ」のために戦わなければならない


すごく疲れるし


スッキリするどころか


怒りが増してきて


自分の心も傷ついていく


自分は正しい

だから、あの人は間違っている


ではなく


自分はこうだけど

あの人はこう考えるんだなー

なるほどなー


と理解しようとするほうが

お互い気持ち良い


「自分の正しさを持つな」「自分の正しを曲げるな」


ではなくて


その前に相手を理解する気持ちを持とう

ということ


そして

自分を否定する必要もないということ


誰かと比べたり

何かの平均より上か下か

とか


そんなモノサシは必要なくて


「今の自分」はこうなんだ。よし。


それだけで良いと思う。


あー

だからダメなんだよな


ではなくてね


自分がダメだと思いたくないから

人を巻き込んでまで「正しい」と思いたい


そういうことにも繋がってしまうから。


いいや!

あんなやつと戦ってもアホくさい!


これも怒りを我慢しているだけだから心に良くない。


相手の世界の「正しい」と自分の「正しい」は

違うんだなあ


なるほどなぁ


です。


自分の正しさを押し付ける必要もないし

相手の正しさを飲み込む必要もない


あなたは

こう考えたんだね

ありがとう


僕はこうなんだけどー


キャッチボールして

お互いの「正しい」をその時その時で

作っていけば良いのにな


そうしたら気持ち良いのにな

って思う。


幸い僕のまわりには

そういう人ばかりなので揉めることもなく

お互いにとって良いことしか起こりません。


僕も自分の正しさを認めさせる!

って時期がありましたけど


振り返ってみると良い方向に進んだことは

ないですね💦


自分も相手もまわりも

疲れる

暗くなる


良いことなしでした。


なんで

今回こんなこと書いているんだろう?


と自分でも思うんですけど


悪口や批判を言っているときの顔

美しくないんですよね


そして言われている人の顔も

同じように歪んでいっている


どうせなら

そんなことじゃなくて


楽しい話をしで笑顔になった方が良いよね

っていう


単純な理由です(笑)