長崎市坂本2にあった旧陸軍の高射砲陣地で、太平洋戦争後半に長崎の軍事施設を守るために設置された。現在は多目的広場になっているが、道中に案内が少なく駐車場所もないので、たどり着くのに時間を要する。高射砲の基礎などは土に埋もれているが、一段下には兵舎や生活設備と思われる平地が遺る。

 日本全国にはロシア艦隊に備えた明治期の要塞が多数あるが、太平洋戦争における高射砲陣地は非常に少ない。明治に比べて昭和の政治家や軍人は傲慢だったのか、それとも先見性に欠けていたのか、何れにせよ準備不足だったことは間違いない。