間宮林蔵は江戸後期の探検家で、常陸国筑波郡上平柳村で農民の家に生まれたが、幕臣となって蝦夷地や樺太を探検し、樺太が島であることを明らかにした。

 生家はつくばみらい市上平柳にあるが、当日は工事中で見学できなかった。

 墓は生家から北西の専称寺にあり、顕彰碑の奥に両親の墓と並んで建っているが、非常に質素なものだった。また、樺太探検を必死の旅と覚悟した林蔵が生前に建てたせいか、墓石には戒名ではなく本名が刻まれている。